序章 冗談だと思いたい
静かな住宅街にある教会。その教会に隣接した家が僕らの住処だ。老牧師の孫として入り込んで、彼が亡くなった後は僕が牧師として後をついで、彩乃と二人で暮らしてきた。
そして父さんの作った時空を超える穴に落ちて、幕末に行った僕らは、新撰組の世話になり、天才剣士とも言われた沖田総司を仲間にしてつれて帰ってきた。
僕らは人間じゃない。人外。アヤカシ。簡単に言うならば吸血鬼。人より丈夫で長生き。そして人とは違う能力を持っている。
生きていくには人の血が必要だけどれど、別に殺す必要はない。定期的に一定量をもらえば生きていられる。
そんな僕らの家に、過去の父さんが現れて、そして厄介なものを置いていってくれた。
父さんなりの気遣いだと思いたい。思いたいけれど…。
なんだか気遣い10%、からかっているのが90%な気がするのは、僕の気のせいじゃないと思う。
「ここは…どこだ」
夜の帳の中。僕らの家のリビングで聴いたことがある声が響く。幕末でよく聞いた声。新撰組副長、土方歳三。軍服姿の土方さんは、相当汚い格好だった。べっとりと血がついているところを見ると、戦場から引っ張ってきたんだろう。きょろきょろと周りを見回している。
そして土方さんの目が、ようやく僕らを捉えた。
「み、宮月?」
見てはいけないものを見てしまった…。思わず僕は額に手をやって視線を遮った。
「お、お前、総司かっ!」
総司は声も出せずに、瞬きを繰り返している。彩乃はぎゅっと総司にしがみついた。
「じゃあ、後は任せたよ」
「ちょ、ちょっと待…」
元凶である父さんは僕の制止を聞かずに、無駄に色気のある柔らかいバリトンボイスを残して去っていった。あ~。まったく。どうしたらいいんだよ。この状況…。




