間章 待ち合わせ
-------- 総司視点 --------
「総司! 彩乃と相思相愛になったんだってな」
平助がぽんと私の肩を叩いてきた。ほぼ同時に頭を小突かれて、そちらを見れば左之さんがニヤニヤと笑っている。
「最近、彩乃ちゃんが色っぽいのはお前のせいか?」
続けて、がむ新さんが私の背中をバンバン叩く。
「てめぇ、根性あるじゃねぇか。良かったなぁ」
そう言って笑ってくれた。
みんなの祝福に、ありがとうございますと言いたいのに声が出ない。
でも分かってくれたようだ。
「礼なんて何言ってんだよ」
平助がにっと笑った。
「おめぇの根気勝ちだぜ」
がむ新さん。
「そうそう。でもいい女になっちまったから、悪い男に気をつけろよ」
いや、一番危ないのは、あなたでしょう。左之さん。
ああ。なんで声が出ないんだろう。
「おっと、邪魔しちゃいけねぇよな」
「そうそう。がむ新の言うとおりだ、俺らはこれで帰るぜ」
平助が片手を挙げた。
「おう。またな。彩乃ちゃんを大事にしろよ」
あ、待ってくださいよ。左之さん。
声を出したいのに、出なくて。捕まえたいのに手が伸びなくて。
「待ってください!」
自分の声で目が覚めた。
「ん…。総司さん?」
狭いベッドで腕の中にいた彩乃が、寝ぼけて声を出す。
「ごめん。彩乃。寝言」
「ん…」
そう頷くと、また幸せそうに微笑んで、眠ってしまった。
彩乃が通う大学の建物の真ん中。そこに『ラウンジ』と呼ばれる場所がある。椅子とテーブルと自動販売機がおいてある、小さな空間。
窓が大きく取ってあるので、明るくて、外がよく見える。
「あ~。総司さんだ~」
聞きなれた声に顔を上げれば、目の前に千津ちゃんが立っていた。彩乃の友達だ。
「こんにちは~」
「はい。こんにちは」
やわらかな声に、微笑みながら挨拶を返す。
千津ちゃんは私の前の席に腰掛けて、私が手にしている本をしげしげと眺めた。
「今度は何を読んでいるんですか?」
ここに来るときには、待つことが多いから、本を持ってくるようにしている。本当は木刀で素振りでもしていたいが、俊から絶対にダメだと止められた。
「歴史の本ですよ」
俊から与えられる課題の数々。算数と数学が終わったと思ったら、次は歴史だった。ざっくりとした世界史。あの時代から現代までの間、どう変わっていったのかが、わかるようにと渡された本だ。
「へぇ。総司さん、まじめですね」
「そうですか?」
そんな話をしていたら、彩乃が来た。軽く手を上げれば、急いで歩いてくる。
「あ、彩乃ちゃん」
千津ちゃんに軽く手を振ってから、私に向き直る。
「総司さん、待たせてごめんね?」
「ああ。大丈夫」
千津ちゃんに挨拶をして、私たちは大学の建物から出て、敷地の外へと続く桜並木をゆっくりと歩いた。
「総司さん、また今日も歩いてきたの?」
彩乃の大学まで、電車とバスを乗り継いで一時間程度。歩いて三時間というところか。身体能力が上がってしまったこの身体では物足りないが、それでも何もしないよりはいい。それに電車賃やバス代の節約にもなる。
「歩きながら、俊に勧められた英語学習の音声を聞いているから、ちょうどいい」
「えっ! お兄ちゃん、そんなことを総司さんにさせてるの?」
私は苦笑しながら頷いた。
「なんでも子供用だそうだ。音楽と日本語と英語が一緒に入っている」
ぶつぶつと「ひどい」と俊に対する文句を隣で言う彩乃に笑ってしまった。
「しかし、この時代では英語ができるのは当たり前と言われた」
「そうなの…? そうでもないと思うけど…」
俯いた彩乃の頭をぽんぽんとなでる。
「大丈夫。私は早く彩乃と一緒になりたいから。なんでもやる」
「うん…嬉しい。でもお兄ちゃんの当たり前は、たまに当たり前じゃないから」
「そう?」
「うん。お兄ちゃん的基準の当たり前が混じってる気がする」
「それでも俊が私に必要と思ったのならば、まずはやってみるよ」
「う…ん。お兄ちゃんが総司さんに無駄なことはさせないと思う。でも、厳しいよね」
私は手を伸ばして、彩乃の右手をそっと握りこんだ。
「いいよ。厳しくても。早く彩乃と一緒になるのが先」
そう言った瞬間に彩乃がほんのりと赤くなる。
「嬉しいけど…無理しないでね」
「分かっている。大丈夫」
さて。今日はどこに行こうか。この前から彩乃がやりたいと言っていた、ぷらくら…などと言うものに行ってもいいかもしれない。
「今日はぷらくら、行ってみる?」
「えっと…総司さん、それはプリクラのこと?」
「…」
どうやら間違ったらしい。頬がやんわりと熱くなる。
そのとたんに彩乃がくすくすと笑う。
「総司さん、かわいい!」
思わずため息をついた。
「彩乃。男にそれを言うのだけはやめて」
「だって」
「私にだって、矜持というものがある」
「でもかわいいんだもん」
「彩乃」
「はーい」
まだ笑いを残した視線から逃れるように、彩乃の手を引いて、私はバス停へと向かった。




