間章 デート(2)
うっそうとした緑を模した水槽に巨大な魚が泳ぐ。
「ぴらるく」
総司さんが読み上げてから首を振った。
「こんなのが川にいたら、泳ぎたくない」
「うん…でも…この時代、川では泳がないよ?」
総司さんがわたしを見た。
「泳がない?」
「川では泳がないの。みんなプールに行くの。えっと…コンクリートの大きなお風呂? みたいなの」
わたしの答えを聞いて、総司さんがため息をつく。
「たしかに…あの川では泳ぎたくない…」
ちょっと悲しそうな総司さんの腕をわたしはぐっと引き寄せた。
「じゃあ、プールに行きましょう!」
「ぷうる」
「うん。流れるプールとか、いろいろあるの。海もいいけど…夏の太陽は強すぎて、わたし、すぐに焼けて真っ赤になっちゃうから」
腕を絡ませて、総司さんの顔を見上げれば、にっこりと笑ってくれた。
「じゃあ、ぷうるに行こうか」
「うん。今度ね。夏になったら」
「ええ。夏になったら」
先の約束ができるのが嬉しいな。
夏が近づいたら、総司さんと一緒に水着を買いに行こう。
そこまで考えて、気づいたの。えっと…総司さん、わたしがミニスカートをはくだけでも嫌がるの。水着って…水着だけど…大丈夫かな?
あの時代、どうやってみんな泳いでいたんだろう? わたしは泳ぎに行かなかったから、よく分からない。あとでお兄ちゃんに訊いてみよう。
ドアを抜けると空が広がった。ビルの上にあるのに、外なの。そこにペンギンやアシカや、その他の動物たちがいた。
「総司さん、あれがペンギン」
小走りで総司さんを引っ張っていくと、総司さんが笑う。
「慌てなくても逃げないよ」
「うん…でも見てほしくて。ほら、可愛いでしょ? あ、鳥だって書いてある」
総司さんはペンギンを見て、そしてわたしを見た。
「何?」
「彩乃のほうが可愛い」
そして頬に暖かいものが掠める。総司さんの唇。
最近、総司さんは少し大胆。そして唇が耳元に触れる。思わずくすぐったくて、首をすくめると、耳に声が流し込まれる。
「ペンギンを見て、はしゃぐ彩乃のほうが可愛い。愛おしい。彩乃」
ドキドキして、どうしたらいいか分からなくなって、ちょっと怒ったふりをした。
「もう! わたしじゃなくてペンギンを見て」
そう言えば、総司さんがじっとペンギンを見る。身動きせずにじっと。
「総司さん?」
「ペンギン、見ているよ」
ペンギンから視線を外さない。
「え? え?」
「彩乃が言ったから、ペンギンを見ている。彩乃のほうは見ない」
思わず不安になってぎゅっと腕に抱きついたら、ぽんぽんと頭をなでられた。
「ほら。そういうこと言うから。自分で不安になるようなことを言わない」
くすくすと笑う総司さんの声。
「いじわる…」
小声で呟けば、ますます笑い声が響く。
「私は彩乃が言ったとおりにしたのに。彩乃を見ないでペンギンを見た」
「そういう意味じゃなかったもん」
「彩乃、可愛い」
「もう。総司さん…いじわる…」
「だって、彩乃が可愛いから」
総司さんはくすくす笑いながら、絡み付いているわたしの腕をぽんぽんと叩いた。
「ほら、機嫌直して。あそこのペンギン、こっちをじっと見ているよ」
その言葉に顔をあげれば、総司さんが指差したペンギンがこっちをじっと見ている。
「あ…本当だ」
なんか…警戒されてる?
「少々警戒されているか」
総司さんの口からも、わたしが思ったのと同じことが漏れた。
ふと気づけば、わたしたちを遠巻きにするように、微妙にペンギンが後ろに下がっている。
「警戒心が強いのかな。ペンギンって」
総司さんの言葉に、わたしはゆるゆると首を振った。
「ううん。わたしたちだから…。多分、わたしたちだって…気づいたから」
「ああ。そうか」
そう。わたしたち一族を動物は恐れる。
思わず俯いてしまったわたしの頭に、総司さんの手がぽんと乗る。
「良かった。これ以上、彩乃を取られなくてすむ」
「え?」
思わず顔をあげれば、総司さんの優しい眼差しがわたしを見ていた。
「ペンギンが寄ってきたら、彩乃もペンギンに寄るでしょう? 彩乃を取られる」
その言葉に思わず笑っちゃった。
「そんなことしないよ?」
「そう? 可愛いと言って、寄っていくでしょう?」
「うっ」
「ほら」
言葉に詰まったわたしを総司さんが笑って、そしてまた右手が総司さんの左手に収まった。
「さあ、次を見に行こうか。次は何?」
「じゃあ、アシカ!」
つないだ手の指をもぞもぞと動かして、一本づつ絡めて…恋人つなぎっていうんだよね。こういうの。ちょっと嬉しくて。
わたしたちはゆっくりと歩きだした。




