第9章 日常?(3)
コンコンとぶつかる木刀。人間の目で見ていたら、どこへ行くか分からないだろう。お互いスピードを殺しているから、僕らにしてみれば阿吽の呼吸だ。
とんと音をさせて突きを出してきたのを、半身で捌いて、そしてこちらから切りかかる。それを彩乃は受けて、また切り返す。木刀がリズミカルにぶつかる音が当たりに響く。
「凄い…」
南部くんから声が漏れた。
しばらく打ち合いをしていたところで、彩乃がドンと音をさせて突きを放った。総司の三段突きじゃないか。まったく。
僕はそれぞれを弾いて受け流す。彩乃が晴眼に、僕が下段に構えたところで、総司の声が響き渡った。
「そこまで!」
僕らは木刀を降ろすとお互いを見てから声をそろえて挨拶をした。
「ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
とたんに拍手が沸く。
「凄いですね。先生に教えてもらったら、こんな風にできるようになりますか?」
南部君はもう総司を先生と呼んで、尊敬の眼差しだ。僕は横から口を出した。
「稽古次第だよ。きちんと稽古すれば、できるようになるかもしれないね」
南部君は、さっと総司に頭を下げた。
「あの…習いたいです。剣道も続けてよければ、こっちもやりたいです」
総司が助けを求めるように僕を見た。
「いいんじゃない? 一人教えるのも二人教えるのも一緒でしょ」
総司がほっとしたように笑う。
「わかりました。じゃあ、来られるところから来てください。月謝は一ヶ月一万円。稽古は土曜日の6時から。掃除を前後にしますので、忘れずに」
はいっ! と南部くんが返事をした。
総司のやつ、いつの間にかすらすらと条件を言えるようになってるし。いつか弟子を増やすことを考えてたな。
こうして総司の剣術教室は弟子が増えることになった。
稽古が終わって、だらだらとソファに横になって音楽を流しながら本を読む。彩乃と総司は自分たちの部屋に上がってしまった。レイラが総司の部屋に居座っているから、いまだ総司は彩乃の部屋に一緒にいる。
そしてレイラはダイニングの机の上に、ノート型のパソコンを置いて、忙しくキーボードを打っていた。
外には多分、デイヴィッドたちがうろうろしている気がする。あまり目立つことはするなと言っておいたので、もしかして屋根の上か? それはそれで目立つ気もするけど、まあ、いっか。
ああ。いいよね~。こういう時間。こういうのんびりした時間は幸せだ。後でお茶でも入れて、彩乃たちに持って行ってやろう。いや…お邪魔かも。
そんなことをぼーっと考えながら、僕は読むとはなしに本のページをめくっていた。1度読んでしまった本のハイライト部分だけ読むって結構好きなんだよね。
そこへ大きなドゴンと音がした。庭だ。
「何…今の」
レイラと顔を見合わせ、外に見に行こうとしたところで、総司たちも音を聞きつけて下りてくる。
「今の音、なんですか?」
総司の問いに答えられるわけがなく、音がしたほうへ向かおうとしたところでドアが開く音がした。さらにリビングへと向かってくる足音も聞こえる。
先日のことがあるから、思わず身構えていると…扉を開けて入ってきたのは父さんだった。ってことは、今の音は父さんか?
僕は詰めていた息を吐き出す。まったく人騒がせだよ。
レイラはまじまじと父さんを見ていた。僕から話には聞いていたけれど、亡くなってから見るのは初めてだろうしね。
「父さん…」
僕がそう呟けば、総司が即座に姿勢を正した。
「えっ! 彩乃さんのお父君ですか?」
そう言えば、幕末では頭からザルみたいのをかぶって虚無僧みたいな格好していたから、総司は直接父さんを見てないんだよな。
総司は、がばりと頭を下げてからあげて、父さんをまっすぐに見た。
「私、彩乃さんとお付き合いを…」
と自己紹介をしようとしたところで言葉が止まる。見る見るうちに目が丸くなる。思わず僕と彩乃も息を飲んだ。
父さんの影から、周りを見回しながらふらふらと現れた人影。土塗れな人物の影。知っている人のような気がするのは…気のせいだろうか。
いや、まさか。うそだろう?
僕は自分の目を疑った。彩乃と総司も現れた人物を見つめたまま、ピクリともしない。
父さんよりは小柄だけれど(日本人なんて皆、父さんより小柄だ)、がっしりした体格。端整な顔立ち。鋭い目つき。僕が知っているころよりも髪の毛は短くされていたけれど…でも。
父さんがその後ろに連れていたのは…幕末で分かれたはずの土方さんだった。
「あ~。父さん? どういうこと?」
いち早く僕が立ち直って、声を出せば、父さんがにやりと嗤った。
「お前が寂しそうだったから、遊び友達を連れてきてやった」
いらない。
いらないよっ! そんなの。
「ここは…どこだ」
軍服姿の土方さん。相当汚い格好で、べっとりと血がついているところを見ると、戦場から引っ張ってきたんだろう。きょろきょろと周りを見回している。
そして土方さんの目が、ようやく僕らを捉えた。
「み、宮月?」
思わず僕は額に手をやった。
「お、お前、総司かっ!」
総司は声も出せずに、瞬きを繰り返している。彩乃はぎゅっと総司にしがみついた。
「じゃあ、後は任せたよ」
柔らかいバリトンボイスが響く。
「ちょっと待った!」
僕は父さんを捕まえようと手を伸ばしたけれど、その手は宙を掴み、父さんはにやりとした嗤いを残して再び消えていった。
あ~。まったく。どうしたらいいんだよ。この状況…。




