第8章 拘束(7)
レイラよりも教主が早かった。一時間も待たずにドアが開いた。ドタドタと人が入ってくる。
顔に舞踏会のような目を覆うマスクをつけた小太りの西洋人。宗教の教主というよりは、マフィアのボスと言ったほうが納得度は高いかもしれない。
そしてもう二人ほど、がっちりとしたタイプの西洋人と眼光が鋭い細身の東洋人。加えて最初に僕らを取り囲んだ連中。
李亮はまだ床の上でぼんやりとして、自分の喉をさすっていた。きっと喉の渇きが酷いんだと思う。分かっていたけれど、僕は放置していた。
「お前か…不老不死にできるという奴は」
割と綺麗な日本語で教主は僕にそう訊いてから、おもむろに懐から宝石で飾られたナイフを出すと、李亮の足に突き立てた。
短い悲鳴が上がる。そして教主はナイフを抜いて、その傷口をまじまじと観察する。
「本当に傷が塞がっていく」
僕の前に机が用意された。銀の杯に、注射器が数本。
「お前の血は…どのぐらい飲めばいい」
「一滴」
教主の両方の眉があがる。
「私の血はどのぐらい飲ませればいい?」
「それも一滴」
そして僕は付け加えた。
「ここに居る人が、あなたの部下ならば、部下も一緒に不老不死にしたほうがいい。そうしないと、簡単に死んでしまうからね。人間の命は短い」
僕の言葉に教主が考え込む。
「よく使える手駒っていうのは、なかなか現れないものだよ」
さらに言うと、教主は頷いた。
「なるほど。確かにその通りだ」
周りにいた男たちの目の色が変わる。喜んでいるものと、怯えているものと…。
「あなたの血と部下の血をその杯の中に入れて集めて。まあ、一滴あればいいけど、ちゃんと僕が飲めるようにある程度の量はあるといいよね」
教主が傍にいた男に頷くと、手馴れた手つきで男が注射器をそれぞれの腕に突き刺し始めた。そして銀の杯に血が満たされる。
一人の男が僕の前にその杯を突き出す。僕は零さないようにそれを飲み干した。美味しい。久しぶりに生の人間の血だ。
「それから僕の血を一滴ずつ。みんなの口にたらして。多分、飲みにくいから量が少ないほうがいいよ」
そう言えば、納得したのだろう。さっきの男が僕の腕に注射器を突き刺し、血を抜くと、それぞれの口に一滴ずつ入れ始めた。そして自分自身も飲む。
「次は? どうすればいい?」
教主の問いに僕は答えようとして、ふと思いついたことを尋ねた。
「本当に…不老不死になりたいの? 何もせずに僕らを逃がす気はない?」
教主が僕を鼻で嗤う。
「お前を捕まえるのに、どれだけ手間がかかったと思っている。それを目の前で逃すような愚行はしない」
僕はため息をつくしかない。どうやら素直に逃がしてくれる気は無いようだ。
「妹共々、無事に帰りたければ協力しろ」
しぶしぶ僕は口を開く。
「仕方ない…みんなの本名を教えて」
それぞれが言う名前を僕は復唱した。
「そして…最後に僕が今から言うことを繰り返して」
僕の真名を繰り返させる。最後にもう一度僕は聖句を唱えた。ぎりぎりのタイミングだ。言い終わったとたんに、皆の身体が痙攣し始める。僕は自分の衝撃に耐えながら、終わるのを待った。
そして、それは終わりを告げた。




