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第8章  拘束(1)

 レイラのカチャカチャとタイプを叩く音がダイニングとリビングに響く。僕は一通りリビングを片付けた後は、やることがなくてウロウロと右に行ったり左に行ったりと歩きまわっていた。


 こんなことするのは小説や漫画の中だけかと思ったけれど、切羽詰まっているのに何もできないと、何かしたくて…でも何もすることがなくて、ウロウロするしかない。


 まったく馬鹿みたいだ。


「落ち着きなさいよ」


 レイラがタイプを動かす手はそのままに、僕に声をかけた。


「While we do nothing, they are pulled apart from here.(何もしないうちに、彼らは引き離されているんだ)」


「Calm down.(落ち着いて)」


「I'm ! ... Sorry. 確かに落ち着いてない…」


 僕はどさりとソファに身を投げ出した。レイラの言うとおりだ。英語でわめいている時点で既に落ち着きを失っている。


「ここから走り去った車は追跡をしているし、持ち主の割り出しをかけているわ。出来ることはやっているのよ。それに、あなた一人で行かせるわけには行かないわ。イギリスとアメリカには連絡を入れたからジェットで飛ばして12時間後ぐらいには、応援が着くはずよ。それまで待って」


「アメリカ?」


 イギリスは分かる。僕らの拠点がある。アメリカってまさか…。僕の問いに答えるようにレイラが肩をすくめた。


「万が一のためにね。打てる手は打ちましょう」


 僕の頭に、もう一人の従兄弟の顔が浮かぶ。できればアメリカにいる彼を呼びたくない。呼びたくないが…。確かに彼が持つ組織力と彼自身の戦闘能力は捨てがたい。


「あなたに喧嘩を売る相手だもの。用心してもしすぎることは無いわ」


 やっぱり落ち着かない。どんどん彼らが遠ざかる気配に、落ち着いていることなどできない。再び立ち上がろうとして身体を浮かしたとたんに、レイラの手が止まった。


「分かった?」


「まだよ。しばらくはプログラム任せ。私もやることがないわ」


 そう言ってレイラは僕の隣に来て座った。片手を伸ばしてきて、僕の手を握る。少しだけ苛立ちが和らぐ気がした。


「大丈夫よ。あの二人だもの。私たちの一族だもの。簡単には死なないわ」


「でも…総司は撃たれた」


「そうね」


 レイラが目を伏せる。


「多分…一族だから狙われたんだ」


 僕が呟くと、レイラが顔を覗きこんできた。緑の瞳が僕を見る。


「総司は…多分、人間じゃないことがばれてる」


「どういうこと?」


「四月の上旬、総司とちょっとケンカっていうか…まあ、総司が出て行ったことがあって、すぐに追いかけたんだけど…見つけたときに総司は高圧線の鉄塔の上にいたんだよ」


「それで?」


「登るときに面倒で…僕も一瞬飛び上がろうかと考えたけど、人目があったら…って思って、足をかけて一つずつ登った。もしかして…総司がそのときに、ジャンプしてたら? それを見られてたら?」


「人間とは思えないわね」


「うん…。それ以外考えられないんだよ。総司が狙われる理由」


「そうなの?」


 僕はレイラをまっすぐに見た。


「総司が来たのが三月下旬。総司ってさ、150年以上前の人間なんだ」


「え? どういうこと?」


 僕は簡単にレイラに父さんの話と、幕末に行ったことと、総司を連れて戻ってきたことを伝えた。レイラの瞳が真ん丸く見開かれる。


「し、信じられない…」


「でも本当。だからこっちでは彼の知り合いがいない。彼の素性も…僕ら以外知らない」


「…じゃあ」


「狙われるなら、僕絡みだと思った。でも違った」


「彼を誘拐して…どうするの?」


 僕は視線を逸らして、天井を見上げた。


「調べる…かな。総司が何故そんなことができるのか。その過程で驚異的な回復力も見ちゃったら…どうなんだろうね。何をされるか見当がつかない」


 僕はため息を吐き出した。


「僕のせいだ。総司を連れてきたのは僕だったのに…」


 そう言ったとたんに、ぽんぽんとレイラの手が僕の手を優しく叩く。


「そうやってすぐに自分のせいにするのはやめなさい」


 僕が視線をレイラに戻せば、レイラは優しく微笑んでいた。


「悪い癖ね。自分と関係ないと思ったら、とことん関係ないって思っている癖に、一旦自分の中に入れちゃうと、全部が自分の責任になっちゃうの」


「そう…かな」


「そうよ。彼だって立派な大人でしょ? そして…一番悪いのは、攫った人間よ」


「そう…だね」


 レイラはもう一度僕の手を軽く叩くと立ち上がった。


「そろそろ割り出しの結果が出るといいんだけど…」


 そう言ったとたんに電話がなる。レイラがすばやく動いた。


「逆探知してみる」


 そう言って機械をかちゃかちゃといじってから、僕に頷いた。僕はそれに頷き返して受話器を持ち上げる。


「はい」


 僕の緊張した声の後に一瞬の間が空いた。


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