第7章 視線(6)
レイラが横目でちらりと僕を見る。
「誰かさんは、あんなに優しくなかったわね」
「誰かさんは彩乃みたいにしおらしくなかったし。僕はそんなこと知らなかったし」
そう言い返せば、レイラが睨んでくる。
「憎たらしい。You are never at a loss for words, as usual. (口が減らないわね)」
「I was born to talk. (喋るために生まれたからね)」
僕がひょいと肩をすくめてみせれば、レイラはため息をついた。そして呟く。僕にもぎりぎり聞こえるか、聞こえないかの大きさだ。
「Whatever I say, you have a comeback ready.(ああ言えばこう言う)」
「Sorry?(何?)」
「Nothing. (なんでもない)」
僕がにっと笑うと、レイラはもう一度盛大にため息をついた。
「あ、思い出すためにも日本語で喋っておいたほうがいいよ。彩乃も英語が得意じゃないし」
そう日本語で言えば、レイラが顔をしかめた。僕は無視して立ち上がってダイニングへ向かう。
「何か飲む? コーヒーか、紅茶か…いれようか?」
「紅茶…何がある?」
「フォートナム&メイソンのオレンジペコ、ダージリン、イングリッシュブレックファースト」
「相変わらずのchoice(選択)ね」
「僕の好きなものだけを置いてあるんだよ。あ、そうだ。ハロッズのブレンドティーもあるけど」
「イギリスものばっかり」
「じゃあ、コーヒーにする? モカマタリNo.9」
「他には?」
「コーヒーはそれだけ。モカが好きなんだよ」
レイラはちょっと考えた。
「オレンジペコ」
「了解」
僕は紅茶を入れ始めた。Tea for you, tea for me, tea for pot. で二人分+一杯分の合計三杯分の茶葉をティーポットに入れる。
二人分のお湯はすぐに沸いた。沸騰した湯を入れれば、ポットの中で、茶葉が上下にジャンピグしているのを確認してから、残ったお湯でカップを温めた。三分立てば出来上がりだ。こういうときこそ優雅にいきたい。
ダイニングテーブルはレイラが用意した機械に占拠されていたから、僕らはリビングのソファで向かい合って黙って紅茶を飲んだ。
外から車が通る音が聞こえ、たまに上の階から総司と彩乃が小声で話す声が聞こえる。
「恋人は…いないの?」
レイラが呟くようにして僕に尋ねた。くるくると飲み終わったカップを両手でもて遊んでいる。
「いないね」
「相変わらず…彼女のことが忘れられないの?」
またポツリとレイラが呟くように尋ねる。
「どうだろう? 忘れてはいないけど…こだわっているわけじゃないよ」
僕は紅茶を飲み干した。
「君はどうなの」
レイラの手が止まった。
「いないわ…」
「そう。見つけたらいつでも言って。眷族に加えてあげるから」
レイラが顔をあげた。
「あなたはそれでいいの?」
「なにが?」
レイラが何を尋ねようとしているか分からないふりをして、僕は怪訝な顔をしてみせる。そのとたんにレイラはまたため息をついた。
「…」
何か呟いたけれど、今度は完全に彼女の口の中で…僕には聞き取れない。
「何?」
「なんでもない」
英語と同じ会話を繰り返して、また静かになる。
しばらくしてレイラは立ち上がった。
「まだカメラの情報の行方を突き止められてないから…作業を続けるわね。数日かかるかもしれないわ」
他の誰よりも早く解決できる彼女が数日というのであれば、それよりも早くできる者など誰もいない。僕は頷くしかなかった。
「よろしく」
僕は彼女の分と自分の分のカップを流しに置くと、ダイニングテーブル上の機材の塊を相手にし始めた彼女を置いて、自分の部屋に引っ込んだ。




