第6章 千客万来(9)
「お前が生まれたときは、大変だった」
はい? 話の展開が急すぎて、何を言いたいのか良く分からないけど?
「お前の母さんは、一晩中苦しんでいた」
「うん…。前に聞いたことがある。ずっと僕が出てこなかったって」
僕は長男で。つまり母さんは初産だった。
「メアリが産婆代わりについていて、俺は手を握っているしかできなかった」
メアリっていうのは、祖父の眷属で、父さんが生まれるときにも取り上げた。そして父の眷属になり、僕の眷属になり、もうかなりいい年なんだけど、今もイギリスの屋敷を仕切っている。
「最初は…男の子がいいなって思っていたんだ。今のお前ぐらいの年で。俺にとっても初めての子供だった。できれば跡取りになる息子がいい。それにできれば人間に外見が近いほうがいい。そう思った」
父さんがぽつりぽつりとコーヒーカップを持ちながら、話し始めた。
「でも夜が更けて、お前は一向に出てこない。苦しんでいる彼女を見ながら思ったんだ。どうでもいいから出て来いって。男でも、女でもいい。外見なんてどうでもいい。元気で生まれてくれればいい。そう思った」
父さんは僕から視線を逸らして、カップを見つめた。
「それでも生まれない。彼女はずっと苦しんでいた。俺は子供が元気じゃなくてもいい。生きて生まれてくれたらいい。そう思った。もしかしたら両方とも失うかもしれない。そう考えたときに、怖くなった。だから願った。どんな子でもいい。絶対愛してみせるから、だから俺から両方とも奪うようなことはやめてくれってね」
ふっと父さんは目を伏せたまま思い出し笑いをした。
「お前はそれでも出てこないんだよ。もう朝が近くて…このままじゃ、彼女の体力がなくなってしまうと焦っても、出てこない。俺はお前を引きずりだそうかと思ったよ。そうしたら、お前の母さんはなんて言ったと思う?」
「なんて言ったの?」
「『大丈夫。まだがんばれるから。あなたと私の半身を分けた子なのよ。この子だって負けないわ』と言われた。本当に肉体の半分を分けたわけじゃない。でも確かに気持ちはそうだった」
父さんが僕を見る。まっすぐに。
「お前は、俺たちの半身を分けた息子なんだ。無事に生まれてきたときに、俺がどれだけ嬉しかったか…わかるか?」
僕は何も言えなかった。
「親が子供を守るのは理屈じゃないんだ。お前がいくつであろうと、俺の息子だ」
父さんがふっと笑う。
「彩乃は…どうだったんだろうな」
「二度目で、楽だったって言ってたよ。お腹の中でも大人しい子で。お産も楽で。僕は父さんと一緒に部屋の外で待っていたけど、あっという間に生まれてきた」
父さんは長い息を吐き出して、そして笑みを一つ浮かべるとコーヒーを飲み干した。
「そうか」
そして立ち上がる。
「可能なら…妻も入れて三人とも守りたいが…、それが無理なら…娘と息子、両方守れたなら上出来だ。多分、彼女もそう考えるだろうな」
そう言うと、満足そうに笑った。
「そろそろ戻るよ」
その言葉と同時に姿が消え始める。
「父さん、何しに来たの」
僕は半ば呆れながら言うと、父さんは片方の眉をきゅっと上げて僕を見た。
「お前たちがちゃんと戻れたか、見に来たに決まってるだろう?」
えっ。
「無事に戻れてよかった」
父さんはそういい残して消えた。
勝手なんだから…。そう思いながら、僕は、またお礼を言いそびれたことに気付いた。
なんて夜だ。本当に泣きそうだよ。
…いや、一人だし。泣いてもいいかな。
うん。いいよね?




