第6章 千客万来(8)
「あ~。父さん。コーヒーでも飲む?」
「貰おうか」
無駄に色気のある深い声で返事がきた。
リビングに行き、豆を挽いてコーヒーを入れれば、部屋の中にコーヒーのいい匂いが広がっていく。
「それで? どうしたの」
勝手にソファに座ってくつろいでいた父さんにカップを渡す。父さんは座ろうとしていた僕を上目遣いでちらりと見た。なんかリリアが僕を見るときに似ている。
「おまえ、泣きそうな顔をしていたね。どうした?」
思わず僕は自分の顔を拭った。
「いや、別に。ちょっと感傷的になっていただけ」
「そうか」
また沈黙。
何しに来たんだ…と思いつつ、ぼくは一つ訊いてみたいことがあることを思い出した。
「父さん。一つ訊いていいかな」
「もちろん」
「なんで僕を助けた?」
「お前を助けた? いつ?」
しまった。この父さんに訊こうとしたのは間違いだ。僕が訊きたかったのは、すでに僕と話ができない父さんで…。僕は急に居心地が悪くなった。
「この前の穴を開けたときのことか?」
「いや、そうじゃないんだ。いい。父さんに聞くのが間違ってた」
父さんはしばらく考え込んで…そして僕をまっすぐに見た。
「俺が死んだときか」
なんでこうも勘がいいんだか。いや、僕がうっかりすぎるんだな。
「いじゃ。そうじゃなひ」
否定しようとして噛んじゃったよ。父さんはますます僕をじっと見る。
「あたりか」
僕はため息をついた。
ぽつりぽつりと外では優しい雨の音が続いている。
「いつ、どこで、俺がどうやって死んだのか、死ぬのかは知らない」
父さんの静かな声がリビングに流れる。
「でも俺がお前をかばって死んだのなら、理由なんて言わなくてもわかるだろう?」
僕が伏せていた目を上げれば、父さんはじっと僕を見たままで…。
その表情はいつもの飄々としたつかみどころのない感じではなく、どこか切ない。
父さんと母さんは彩乃と僕の両方を守って死んだ。でも…僕の目には、父さんは僕を守ったように見えた。そんなことがあるわけないのに。彩乃を守るついでに僕を守った…多分そうだ。それなのに…この父さんの表情は何?
何と答えていいかわからずに、僕は黙り込んだ。親子っていうのは分かるけど、200歳を過ぎてるんだよ? もう余裕で独立している年齢だ。父さんはふっと笑った。
なんでここで笑うのか分からずに、僕は思わず父さんを見る。




