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第6章  千客万来(6)

 小夜さんを連れてリビングへ戻って、電話を取れば、次は連絡してないはずのロシアの眷属だった。まったく…。一族はタフだから夜昼お構いナシだ。


 さっくりと電話で打ち合わせをして、ついでに資料をいくつか送ることを約束させられて…電話を切れば、小夜さんが目を丸くして僕を見ていた。


「どこの言葉ですか?」


「ロシア語」


「宮月様は…ロシア語も喋れるのですか?」


「そうだね。ま、他にもいくつか」


「凄いです。さすが我が主」


 とたんに小夜さんが物凄く興奮して、嬉しそうな顔になった。


「他にはどこの言葉を理解できるのですか」


「え? えっと…」


 うーん。そんなの意識したこと無かったなぁ。僕は指を折りながら数えてみる。


「英語、フランス語、イタリア語、ドイツ語、スペイン語、ポルトガル語、オランダ語、中国語、韓国語、タイ語、ヒンディー語、あと、ラテン語」


 日本語とロシア語を入れて十四言語か…。ラテン語はともかく、わりとメジャーな言葉は押さえてあるから、どこへ行っても苦労はしない。


「各国の文化には興味があったし、時間だけは大量にあったからね。あちこちに移り住んで勉強しているうちに、そうなったかな」


 ほぉっと小夜さんがため息をついた。


「私には到底不可能に感じます。英語ですらやっとです」


「あ、英語は勉強したの?」


「はい。今も勉強中です。市民講座で教えてくださるところがあるので」


 小夜さんがはにかむように微笑んだ。


「150年あったら、色々できたでしょ」


 小夜さんが目を伏せる。


「そうですね…。途中で戦争がありましたから、そのときは大変でしたけど…でも宮月様が、あの京でおっしゃった通りでした。平和なときには、夫がお花やお茶などを習うことを許してくれて…今までやったことがないことばかりでした」


 ちょっと照れながら話す小夜さんは可愛らしかった。人間だった幕末のときと変わらない。


「それにピアノも習ったんです。ちょっとした腕前になりました。色々できる時間が私たちにはありますね」


 僕はソファに小夜さんを座らせた。入れかけていたコーヒーを二人分入れて運び、その向かいに腰掛ける。


「150年も経っちゃったけど…少しは一族の良さもわかってくれた?」


「はい」


 小夜さんがにっこりと微笑んだ。


「それは良かった。気にはしてたから」


「相変わらず宮月様はお優しいです」


「そうでもないよ」


 僕は照れ隠しにコーヒーを飲んだ。小夜さんもカップに手を伸ばし、自分の手を温めるように両手で持つ。


「小夜さん」


「はい?」


「これ飲んだら帰りなさいね」


「えっ」


 驚いた小夜さんに僕は微笑んだ。


「海さんが心配するから」


「でも…」


「僕は、海さんに余計な心配をさせたくないから。それに一人でも平気だし」


 ま、ちょっと気を抜くとジャンジャン電話がかかってくるしね、と付け足せば、小夜さんは小さく笑った。


「僕がちょっと一部の眷属に連絡を取ったら、あちこちから連絡がきちゃって。困ったもんだよ。しかも僕が役立つ情報を持ってないにも関わらず、また連絡くれとか言うし」


 そう言えば、小夜さんは温かい笑顔を見せた。


「それは宮月様が眷属に愛されているからでしょう」


「何それ」


「私には皆様の気持ちが分かる気がします。皆、宮月様と、自分の主と、縁を持ちたいのです。だから連絡してくるのだと思います」


「そうなの? だって僕だよ? こんなのと連絡とりたいの? 情報を持ってなかったら、何の得もないよ?」


 僕は自分をひょいと見下ろした。


 まあ確かに本家筋かもしれないし、主かもしれないけど…。


「損得ではないのです。宮月様だから、お傍にいたいのです」


「うーん。よくわかんないな」


「宮月様とお話をしたいのです。情報があるとか、得になるとか、そういうことではないのです。宮月様も…彩乃さんが何ももっていらっしゃらなくてもお傍にいたいでしょう」


「ま、家族だし」


「では総司さんは?」


 思わず僕は考え込んだ。たしかに…彩乃も総司も、損得抜きで傍にいてくれたら嬉しい。


 ようやく僕に理解できた気がする。でも上手く言葉にできない。


「宮月様は…意外なところで鈍感なのですね」


 小夜さんに笑われた。うーん。


「でも…愛されている宮月様が…ちょっとうらやましいです」


 そう呟いた小夜さん。僕は驚いた。


「なんで。僕なんかより小夜さんのほうが愛されてるでしょ。海さんは傍から見ていても分かるぐらい大事にしているし」


「それはそうかもしれないですけれど…」


「教会に来ている人だって、凄く小夜さんを大事にしているよ」


「それを言ったら、宮月様だって」


 僕らは顔を見合わせて思わず苦笑いをした。


「結局…自分がどれだけ大事にされているか…愛されているか…一番気付かないのは自分かもね」


「そうかもしれません」


 僕は気を取り直して、もう一回小夜さんに言う。


「とりあえず、コーヒーを飲み終わったら帰ってね。海さんに恨まれたくないから」


 小夜さんは小さくため息をつくと頷いた。


「分かりました。でも何かありましたら、遠慮なさらずにご連絡ください」


「うん。そうさせてもらうよ」


 そう答えれば、小夜さんはコーヒーを飲んでから出ていった。


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