第4章 アイデンティティ(10)
この辺りのはずなんだ。きょろきょろと見回してから、目の前に立つ巨大な鉄塔に気付いた。送電線の鉄塔。上を見れば、天辺に誰かいるのが見える。
よくまぁ、感電しなかったもんだ。一本だけに触るなら大丈夫なんだけどね。二本同時に触ると、僕らでも危ない。
僕は上までの距離を測ると、周りを見回した。
用心しておいたほうがいいか…。
一瞬、飛び上がってしまおうかと思ったけど、一応、人間らしい登り方で上を目指す。総司の背中側にたどりつけば、僕が登ってくるのを総司は気付いていて、それでも黙って背中を向けたまま、遠くの景色を眺めていた。
「まったく違うんですね」
東京でも端っこのほうだけれど、それでもこの街は不夜城で。車の灯りがひっきりなしに行き来し、夜中に近い時間だというのに住宅の灯りや街灯がキラキラと光を放っている。
「京の夜も江戸の夜も、もっと暗くて…静かでした」
総司がぽつりと言った。僕は総司の隣にそっと腰掛けて、一緒に夜景を眺める。京の夜景とまったく違う、宝石箱をひっくり返したような東京の夜景。
「星…見えないですね」
総司が上を向いた。
「これじゃあ、夜は方向を見誤りそうです」
東京の空は、都会の明かりと空気の汚れで星が極端に少ない。光って見えるのは金星や木星などの惑星と、一等星ぐらいで、たしかに慣れるまでは星座を見つけるのも難しいかもしれないな…。
「総司…ごめん」
「何がです?」
「僕が君を追い詰めた」
僕は大きく息を吐き出した。言いにくいけど、謝らなくちゃ。
「リリアに怒られたよ。僕が…その…君と彩乃を追い詰めてるって…。ごめん。そんなつもりじゃなかったんだ。少しでも…目標が出来たら、やる気が出るかなって」
「俊」
「ごめん」
総司がこっちを向いて、くすりと笑った。
「酷い顔していますよ」
総司の言葉に、思わず僕は自分の顔を手で撫でた。そうなのかな。自分では気付かなかったけど。
「俊がそんな顔するとは思わなかったです」
「そ、そう?」
「ええ。俊って、いつでもどこか達観していて、焦ったり困ったりしないし、どんなときでも冷静で」
そんなこと無いと思うけど…と思いつつも、総司の言葉を待つ。
「本気で怒るところも見たことがありませんでしたし…。そういう部分があるのかどうか疑っていたところだったんですが」
くすりと総司がまた笑う。
「でも、さっきは本気で怒っていたし、今は凄く困った顔をしているし。そんな表情、初めて見ました」
「総司…」
総司がそっと目を伏せる。




