第4章 アイデンティティ(6)
「僕らは人を捕食できるんだよ。総司。人間が空腹になったら魚を捕まえたりするのと同じだ。だから、飢える前にこうやって食事をしておく。それだけのことだ」
総司がじっとワイングラスを見る。
「飲まないと…ダメですか」
「ダメだね」
総司の喉がごくりと鳴った。
「彩乃もね」
彩乃がかすかに頷く。
「まあ、保存食なんで人間の血を直接飲むのに比べたら美味しくないけど…それでも君の身体はそれを美味しいものとして認識するよ」
総司の手が恐る恐るグラスに伸びかけて、途中で止まる。
「本当に飲まないとダメですか」
「うん。ダメだね」
躊躇した総司に僕は答えた。
「他の方法は…」
「ない。でも初めてじゃないでしょ。僕から血を飲んでるよ」
「そうですけど…あの時は何がなにやら分からなくて…」
「同じだよ。牙を出して飲むか、そのまま飲むかだけだ」
「人の血を…啜らないといけないんですね…」
「総司」
「本当に人間じゃないんですね…化け物になってしまって…汚らわしい…」
総司が掠れた声でそう漏らしたとたんに、彩乃が真っ青になってソファに座ったままで意識を失った。
倒れた彩乃を見て、思わず語気が強くなる。
「総司っ!」
勢いよく総司の襟を掴んだ。総司の身体がソファから離れて中腰になる。そして僕のあまりの剣幕に総司がびっくりしたように目を見開いていた。
「総司っ! 君は今、何を言ったか分かってる?」
「な、何を…」
「君は僕らを真っ向から否定したんだ。僕だけならともかく、彩乃までっ!」
あっ、と小さな声を上げて、総司は彩乃を見た。
「彩乃さん…」
「君がそこまで言うとは思わなかったよ」
僕は総司の襟を乱暴に手放した。そのまま総司はソファに尻餅をつき、その身体が反動で跳ねる。
「僕も読みが甘かった」
嫌がるかとは思ったけど…まさか総司がそういう拒絶の仕方をするとは思わなかった。
「そーそ。俊にい。俊にいが悪いよ」
ソファの彩乃の位置から聞こえた声に、僕は目をやった。
「リリア」
「はーい」
リリアが能天気に、ニッと笑って手を振る。




