第3章 七歳にして男女席を…同席?!(1)
戻ってきてすぐの日曜日。僕は一人でバタバタしていた。
だって牧師として教会を開けなきゃいけないのに、頭の中からすっかり先週のことなんて抜け落ちてしまっている。みんなにとっては先週でも、僕にとっては五年前のことなわけで。覚えているわけがない。
幸いなことに、何を話そうかっていうネタ帳みたいなのはあって、そこに自分の覚書もあったから、なんとか拾いながら本日の用意をする。
これ、一週間違っていたら悲劇だった。なぜなら四月はイースター(復活祭)と呼ばれるイベントがある。子供たちのためにイースターエッグを用意したり、それようの説教(お話)の内容を考えたり。色々用意が必要だ。五年前に用意した内容なんて、いくら僕でも覚えていられるはずがない。
でも来週以降のことだ。ああ、良かった。
彩乃は総司と一緒に礼拝に出るつもりらしい。大丈夫かなぁ。総司。
まあ、人の心配は後だ。とりあえず、教会のドアを開けないと…。
牧師の服を着て、伊達メガネをかけて、それっぽい雰囲気を作る。教会堂の灯りをつけて、適当に椅子の上に座布団を置いて…と用意をしていたら、時間よりちょっと前に今日の献金当番の人や、オルガニストの人が来る。それから教会の役員の人。
あ~、もう。名前がわかんない。顔はわかるけど…なんだっけ。内心で焦りながらも、にこやかに挨拶する。
そして皆が集まり始める時間が来た。僕はドアのところで皆の挨拶を受けながら、教会に招き入れているんだけど、本当にさっぱり名前が思い出せない。
相手は凄い親しそうに声をかけてくれるんだけど…えっと…知り合いっていうのはわかるんだけどさ。
まいったなぁ。
そのとき僕の中で何かを感じた。誰かが近づいてくる。眷属が近づいてくる気配。
総司じゃない…この気配は…。
ドアのところに若い女性が立った。えっと…何さんだっけ…旦那さんとお子さんと一緒に来ている人だよね。
その人はにっこりと僕に微笑みかけた。
そして周りに聞こえないほど小さな声で、僕に向かって呟く。
「我が主…宮月様」
「さ、小夜さん…」
「はい。お久しゅうございます」
それは京の街に残してきた小夜さんだった。
後ろから善右衛門さんも現れた。小さなお嬢さんも一緒だ。
「宮月先生、おはようございます」
そう言って僕の顔を見て、そして小夜さんを見た瞬間に善右衛門さんは、にっと笑った。
「どうやら思い出したようですね。俊哉さん」
そのときの気持ちをなんて表したらいいんだろう。
「えっと…善右衛門さん?」
「はい。今はご存知のように和泉海と名乗っていますけどね」
そして小夜さんの肩を抱き寄せた。そっと宝物を抱くような優しい手つきだ。
「小夜と夫婦になっています。あ、無体なことはしていませんよ。口説き落としたんです」
小夜さんがぽっと頬を染める。善右衛門さんは誇らしげだった。
小声で話している僕たちの後ろを、何人もの人が「先生、おはようございます」と声をかけながら教会に入っていく。
僕はそれにいちいち応えながら、善右衛門さんと小夜さんを見て、まだぼーっとしていた。
だって彼らは前から僕の教会に来ていたんだ。ここ数年間。
「えっと、ごめん。僕、実は最近戻ってきて」
そう素直に言ってしまってから、何を言ってるんだろうと焦れば、小夜さんが頷いた。
「はい。先週と今週の先生は違います。先週は単なる『宮月先生』でしたけれど、今週は『宮月様』になっています。何か…ございましたね?」
僕は不覚にも涙が出そうになった。こんなところで分かってくれる人がいるとは思わなかった。
「長い、長い話があるんだよ。今、ここではなんだから…礼拝が終わったら、うちのほうへ来てくれる? 善右衛門さん…海さんも一緒に」
二人は頷くと、軽く会釈をして子供と一緒に中に入っていった。




