間章 隣の家(1)
------- 教会の隣に住むおじいさんの視点 ----------
我が家の隣は教会だ。小学校からの付き合いの田島くんのお父さんが牧師になって、自費で教会を建てて、そして田島くんも牧師を継いだ。
田島くんの家に若い男と幼い女の子が来たのは、もう十年になるか。田島くんの娘は嫁いでどっかに行ったと言っていたが、その娘が事故だか病気だかで亡くなってがっくりしていたところに、孫が現れた。
田島くんは大喜びで、孫と暮らし始めた。
この孫がよくできた子だった。腰痛を持った田島くんの後を継ぐために、勉強して牧師となった。人当たりもいいし、近所でも評判の美男子だ。
女の子のほうはちょっと人見知りする大人しい子だけれど、これまた可愛い子で、知っている人にはきちんと挨拶していく子だったから、お兄さん同様、近所の評判が良かった。
そして田島くんは二人に見守られて数年前に他界してしまった。
「やぁっ!」
「はっ!」
テレビのキャスターが朝のニュースを読み上げるその裏に、かすかに声が混じった。何をやっているのかと、立ち上がって声の出所を探れば、庭のほうから掛け声が聞こえてきている。
「やぁっ!」
隣のお孫さんと同じぐらいの年齢と思える若い男が、胴衣姿で木刀を振っていた。
一心不乱に木刀を振り上げては、水平にぴたりと止める姿は気持ちいいくらいだ。
私の視線に気付いたのか、ふっと彼がこちらを見て動きを止める。
「精が出ますな」
そう言えば、さっと木刀を下ろし、直立不動で頭を下げてきた。
「おはようございます」
そして不安そうに付け加えた。
「うるさかったでしょうか」
私は手を振った。どうせ起きていたし、それほど邪魔になったわけではない。
「いえいえ。大丈夫ですよ。どうぞ続けてください」
そう答えれば、彼は一瞬躊躇してから、また木刀を構えようとした。
「こちらのお孫さんのお友達ですか」
ふと思いついて問えば、構えようとした木刀を下ろして、こちらに向き直り、怪訝な顔をする。
「お孫さん…ですか?」
「俊哉くん」
そう名前を言えば、ああ…と納得したようだ。
「はい。友人で沖田と申しまして、こちらで世話になっております」
今時には珍しいきちんとした受け答えだ。




