第1章 帰還(6)
「俊」
「何?」
僕は手にもっていた空のグラスを置いて総司を見る。総司はケープをしたままで不安そうな顔をしていた。
「まったく違うんですね」
主語がないけれど、総司の言いたいことは分かった。現代と江戸時代の差だ。
「そうだね。でも慣れるよ」
「そうでしょうか」
僕は柔らかく微笑んで見せた。
「大丈夫だよ。僕も彩乃もいるから」
僕は立ち上がって、総司の身体からケープを取り去ってやる。
「鏡を見てごらんよ。立派な現代人の出来上がりだ」
総司が泣きそうな顔で笑った。
「大丈夫だよ」
僕はもう一度いって、総司の両肩を叩いた。
「お待たせです!」
彩乃がパタパタと戻ってくる。
「総司さんのお蒲団、敷きました」
ふと僕は不安になった。
「彩乃、総司の蒲団、どこに敷いたの?」
彩乃がきょとんとする。
「え? わたしの部屋?」
いや、小首をかしげて言って、可愛いけど、中身が可愛くないから。
総司の顔がぼっと赤くなった。思わず僕は額に手をやる。
「あ~、ごめん。彩乃。今晩は勘弁して」
彩乃がぱちぱちと目を瞬かせる。
「総司の蒲団、客間…は物置にしちゃったか…えっと…僕の部屋に移して」
「なんで?」
はぁ。仕方ない。
「彩乃、総司、そこに座って」
総司と彩乃がソファに並んで座る。僕はその正面の一人用のソファに座って、二人を見た。
僕は大きなため息をついてから、覚悟を決める。これだけは言っておかないと。
「二人には悪いけど、この家の中で…っていうか、僕がいるときに、濡れ場は勘弁して」
総司は一発で意味が通じたらしい。赤くなる。彩乃には意味が通じなかった。
「僕らの一族の耳はいいからね。この家の防音程度じゃ、部屋の中の音なんて丸聞こえ。二人の声を聞いちゃった日には、僕はどんな顔をしていたらいいかわからないから」
彩乃がきょとんとした。
「総司さんと話しちゃいけないの?」
ち~が~う~。
「彩乃、僕がいるときには、総司と同じ蒲団に寝ないでってこと」
「そんなことしないよ?」
うわ~。待ってよ。この状況下で、もっと直接的な言葉で説明しろと?
僕らの間で、総司がおろおろとしているのが分かる。
「彩乃。総司と一緒にいたらキスしたくなるでしょ?」
「う、うん…」
彩乃がちょっと恥ずかしげに顔を赤くして俯く。
「それに抱きしめて欲しくなるでしょ?」
「うん…」
「それで」
「ス、ストップ!」
ようやく理解してくれたらしい。
「そういうときの甘い会話が僕にまる聞こえなの。わかる?」
「わかった」
ようやく彩乃が頬を赤くして俯いたまま了解してくれた。まったく。
「僕がいないときには、どれだけいちゃついてもいいから」
二人の顔全体が真っ赤に染まった。




