第27章 青い薔薇(5)
江戸の木戸が開くと同時ぐらいに江戸に入る。今回、初めての江戸の街。第一印象は非常にごちゃごちゃしている。
京はまっすぐな道が縦横に通っているんだけど、江戸はごちゃごちゃだ。
正確に言うと、江戸の場合は江戸城を守るごとく、要塞風に町並みを作ってあるから、わざと道が曲がりくねって作られていると聞いたことがある。それがそのまま東京になるわけだけど。
僕らは人に道を聞きながら、目的地まで歩いていった。人間だったらこんな強行日程、絶対無理だね。休みなしだもん。
そして道を急いであちこちで昼ごはんの匂いが漂い始めたころ。彩乃がピクリと耳を動かした。ついでに空中に向けて、くんくんと鼻で匂いを嗅ぐ。
「なにやってるの?」
今日の彩乃の服装は、僕と同じく走りやすい袴。髪の毛は結い上げたから、久しぶりの彪之助仕様だ。
「総司さんの匂いがする」
彩乃がポツリと言った。
「総司?」
「うん。こっち」
彩乃が僕をぐいぐいと引っ張る。そして一軒家の裏の木戸を勝手に開けて、僕を引き入れた。
「こっちだよ」
綺麗に手入れしてある庭を抜けると、家の縁側があって開け放った障子の向こうに蒲団が敷いてあった。
…そして…。
そこにやせ細って、骨と皮だけになって、やつれた総司が寝ていた。
「総司…」
思わず僕が名前を呼ぶと、総司が微かに身じろいでこっちを見た。その目が見る見るうちに見開かれる。
「俊…彩乃…さん」
弱い、本当に今にも消えそうな声が、僕らを呼んだ。僕らは思わず総司の枕もとに駆け寄った。
よろよろと身体を起こそうとするのを彩乃が支える。そして伸ばされた手を握る。
「総司さん」
彩乃の唇が総司の名前を呼べば、総司が微笑んだ。
「まさか…祈りが通じると思いませんでした…。いまわの際で…まさか会えるなんて…」
総司が僕ら二人を交互に見た。
目は窪み、ばさばさとした髪が肩に広がり、そして手は骨と皮ばかりだ。あまり良くない血の匂いが周囲に充満していた。そして血の気のない唇。
「総司…」
僕が名前を呼べば、答えるように力なく総司が笑う。
「俊たちが…去ったあと…みんな…がっかりしていたんですよ」
え?
「みんな…言葉に出さなかった…けど…俊たちに…いて…欲しかったみたいで」
そういうと激しく咳き込んだ。口元を押さえる手ぬぐいに血が広がっていく。それでも押さえきれずに、蒲団にまで大きな染みを作った。
僕は思わず総司の背中をさすったけれど治まらない。
「いいよ。喋らないで」
「いいえ…喋らせください。…最期なんですから…」
総司…。
最期なんて言ってほしくないけど、でももう命が消える寸前だというのは、分かった。多分、もっても数日というところだろう。




