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第27章  青い薔薇(4)

 その日の夜だった。僕と彩乃がまったりと紅茶を飲みながら過ごしていたとき、僕たちの傍の空間が歪んだ。


 ぼんやりとした人の形が徐々に濃くなっていく。思わず驚いて空間を見つめていたら、その霞のような人の形は僕らの父さんになった。


「探した」


 開口一番がこれ。


「と、父さん?!」


 びっくりしたなぁ。もう。


「心臓に悪いよ。その現れ方」


 父さんがひょいっと肩をすくめる。


「これが一番、俺にとって安全なんだ。周りの状況を確認しながら出現できるからな。机と同じ空間に突然現れてみろ、身体の一部が机になる」


「え? ほんとに?」


 彩乃が机と父さんを見比べた。


「冗談だ」


 父さんが笑って、くしゃりと彩乃の頭を撫でた。そして真顔で僕を見る。


「穴を開ける」


「はい?」


 多分、僕の顔はかなりマヌケだったはずだ。


 父さんはその僕の顔を見てため息をついた。


「おまえな。帰りたいと言っただろうが。どれだけ俺が苦労したことか…」


 あ、そういえば言いました。忘れていたわけじゃないけど、意識のかなたに置き去りになってたよ。


「明日、この住所に来い」


 父さんは紙を僕に渡す。


 どこ、ここ。英語で書いてあるから、一瞬地名が判断できなかった。っていうか、明日?


 僕の戸惑いを読んだかのごとく、父さんが僕に言う。


「明日の夕方。江戸、千駄ヶ谷」


 いや、ちょっと待って。明日? しかも江戸? 僕らの足でも夜明け前には出ないと間に合わないんじゃない?


「と、父さん?」


「まだやることがあるんで…。じゃ」


 そう言うと僕らを置いて、父さんは薄くなって消えていった。困るよ。こういう突然の訪問。彩乃も隣で茫然自失としている。


 あ。アーニー。


「彩乃。アーニーに挨拶に行こう」


 彩乃は我に返って、僕の言葉に頷いた。




 それから大変だった。既に寝ていたアーニーをたたき起こして、挨拶した。僕らは行かなくちゃ…とだけ告げて、行き先を告げなかった。


 僕として今生の別れのつもりだったけれど、アーニーは「君は青い薔薇だから、そのうちにまた会えるよ」とのんきなものだった。コイツのこういうさっぱりした性格が、僕は好きだった。本人には言わないけどね。


 それから僕らは最低限の荷物だけをまとめた。せっかくなので貯めた小判は持っていくことにした。本物の金だからいつか役に立つかもしれない。


 刀は重いしかさばるけれど、置いていくのが忍びなくて、なんとなく僕たち二人とも持った。多分、鍔に思い入れがあるせいだとは思う。


 夜明け前、僕らは江戸に向けて出発した。


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