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第2章  成り行き任せのその日暮らし(10)

 おじさんの額の傷は結構大きくて、これは縫わないとダメかな~と思っていたんだけど、それが両側から肉が盛り上がって、くっついてしまったんだ。


 血はそのままだから、傷が消えたのはすぐには分からないかもしれない。す


 でも目の前でくっついたなら分かる。


 おじさんは、はっとして手を額にやって隠したけど、もう遅い。見ちゃった。

 吉と出るか、凶と出るか。


おじさんの耳元に口を寄せると、そっとささやいた。


「僕はリーデル・ドルフィルス。ドルフィルス家の当主です。あなたも同族とお見受けしました」


 おじさんの目が見開かれた。


「こ、こんなところで…」


 ボロボロ…といきなり泣き出すおじさん。

 いや、ちょっと待って。泣かそうと思って名乗ったわけじゃなかったんだけど。


 おろおろする僕に、おじさんは泣きながら呟いた。


「カイル・ボルケルトです。もう一族は誰もいないと思ってました…」


 あ、やっぱり一族だったんだ。ボルケルトって言ったら、かなり辺境の一族だ。日本に来ていたなんて思わなかった。


 っていうか、一族は全滅したって思われてたんだね。おじさんに(苦笑)


 いじめたわけじゃないと知って、ちょっとほっとした僕はおじさんを立たせた。

 



 僕たちの名前って実は長い。両親の一族を表す名前が合わさっている。僕の名前は言うならば、こんな感じだ。


 リーデル・シュンヤ・フォン・ドルフィルス・宮月


 ドルフィルスっていうのは父親の家系で、いわゆる吸血鬼の一族の中では結構中心に位置した大きな家系だった。今は、叔父さんと叔母さんが一人ずつヨーロッパにいて、いとこ二人がアメリカにいるだけだ。


 父が長男だったんで、亡くなった時点で当主は僕ってことになったけど、没落した一族の当主なんて形だけだ。名乗るには知ってる人が多い名前だから、認識してもらいやすいのが唯一の特典かな。


 宮月っていうのは母親の家系。こっちは創世記ともいえる時期に日本へ行った一族で、その後、残ったのは母親だけって聞いてるから、名前を持つのは僕たちが最後のはず。


 ちなみに彩乃は


 リリア・アヤノ・フォン・ドルフィルス・宮月

 

 あ~、長い。




 感激した様子で、きらきらした目をしながら、額の傷が消えたおじさんは僕をみていたけど、人目があるここで、どうこうできるわけが無い。

 

「お名前は?」


「カイ」


「いや、そっちじゃなくて」


「あ、善右衛門ぜんえもんです。泉屋善右衛門。ここで両替商をやっております」


 名前を言ったとたんに、すっと商人の顔になる。


「僕は宮月俊哉。今は壬生浪士組にお世話になってます」


 そう言ったとたんに、善右衛門さんの表情が曇った。


「壬生浪士組ですか…」


 思わず苦笑いした。

 今はあまり良くは思われていないみたいだ。


「ちょっと色々ありまして」


 そう言葉を濁してから、ふっと顔をあげると、皆は先に進んでいるところだった。彩乃が後ろを振り返り、僕と目が合う。


 慌てて、失礼しますと、善右衛門さんに挨拶すると、僕は駆け出した。

 また来ます、と言い残して。



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