第22章 池田屋事変(moonlight) (8)
「早く元気になって」
「はい」
「彩乃も待ってる」
「はい」
総司が少し切なそうに笑った。
あれから彩乃は、少し不安定だ。昼間でもリリアになったり、いきなり夜中にあの時のことを思い出して泣き出したり。
しばらくは仕方ないかなって思う。でも多分大丈夫。僕の妹だし。神経も太いはずだ。
「あ、俊」
「何?」
部屋を出ようと障子に手をかけたところで、呼び止められた。水無月の光が少しまぶしい。
「あの日…、池田屋で俊を見た気がしたんです」
「僕、いたよ?」
「そうじゃなくて、二階に…」
僕は眉をひそめた。見られたか。
「僕の持ち場は一階だったけど」
なんとなく総司には嘘をつきたくなくて、事実だけを述べる。総司が僕を探るようにじっと見て、それから息を吐いた。
「そうですよね。俊がいるはずないですよね」
「うん」
そう。僕が居るはずはない。実際はいたけど。
「いえ。いいんです。なんか俊に助けられた気がして」
「気のせいじゃない?」
「そうですね」
総司はへにゃりと笑った。
「生きていて…良かったですね。お互い」
総司の言葉に苦いものを感じる。あの死地の中、僕らだけは死なない場所にいた。
それは人間と吸血鬼という種族の違いで、当たり前かもしれないけど、でも新撰組という仲間の中では、僕らだけがズルイような気がした。
なんでだろう。今までだったら、人間じゃないし…の一言で片付いたことが、僕の中で片付いてくれない。
早太郎くんの傷ついた姿が思い出される。
「俊?」
黙りこんだ僕に、総司がもう一回声をかけてきた。
「そうだね」
僕は障子を開けて、外の光を呼び入れた。そして顔を外に向けて、総司に表情を見られないようにして曖昧に答える。
今、きっと僕は凄く情けない顔をしていると思う。空は気持ちよく晴れていて…、だけどそれを素直に喜べなかった。




