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第21章  池田屋事変(daylight) (1)

 京に多くの人が入ってきている。人肌のぬるい風がそれを教えてくれる。そして集まってくる情報。



 皐月の終わり、僕は近藤さんに直談判して彩乃を数日間だけ善右衛門さんに預けることにした。表向きは病気のため。本当はこれから始まる事件への対策だ。



「お兄ちゃん…」


 善右衛門さんに借りた一室で、彩乃が不安そうに僕を見る。


「心配?」


「うん…。総司さん…調子が悪そう」


 そっちか。


「だって…最近、変な匂いするんだよ? 血の匂いだけど…」


 それは僕も気付いていたから、傍にいることが多い上に、鼻のいい彩乃だったら気付いて当然だろう。


 僕はため息をついた。もう隠してはおけないな。


「彩乃。落ち着いて聞いて」


「何?」


 悪いことだって分かっているんだろう。自分で自分の手を握って、僕の顔をじっと見てくる。


「総司は結核だ」


「結核?」


「そう。結核。この時代だと労咳。不治の病だ」


 彩乃が小首をかしげた。今一つ分かっていないらしい。まあ、結核なんて現代では薬一発で治るしね。


「結核っていうのは、結核菌が肺などに入り込む病気。総司の場合は肺結核だね。熱に倦怠感。そして咳。そのうちに咳が酷くなって、喉から血が出たりもする。喀血かっけつするっていうんだけどね。そして段々と体が衰弱して死に至る」


 そう言ったとたんに彩乃は真っ青になった。


「まあ、すぐには死なない。でも確実に結核菌は身体を蝕んでいく。必要なのは栄養と休息だけど…どちらも総司は取らないしね」


「そんな…」


 きゅっと彩乃の瞳が僕を見上げる。


「お兄ちゃん。まさかそれでわたし、ここに居るの?」


「は?」


「総司さんから遠ざけるため?」


 思わず脱力した。


「彩乃。そんなことあるわけ無いでしょ。僕らは結核なんてならないし。僕らの種族が人間から病気を貰ったなんて、聞いたことがない。万が一なっても、僕らの治癒力なら凄い勢いで治るよ」


 そういった瞬間に、彩乃が眉を寄せる。


「じゃあ、どうしてここにいるの?」


 はぁ。ここからが本番だ。善右衛門さん、耳がいいんだよな~。分からないように伝えないと。



「数日以内に、彩乃にあまり聞かせたくない状況が起こるから」


「なんかあるの?」


 ある。ある。大有り。でもここで言うわけにはいかない。


「ちょっとね。だからここに居て。聞いてて彩乃にとっては気持ちいいもんじゃないから」


「芹沢さんのときみたいに?」


「ん~。まあ、それに近いかな」


 一瞬で終わらないだけ、もっと酷いけど。


「無理して耳を澄まさないようにね。多分後悔するよ」


「わかった…」


 納得したのか、してないのか。でもまあ、少しでも距離があればマシでしょ。




「お兄ちゃん」


 僕が彩乃を残して部屋を出ようとしたら呼び止められた。


「何?」


「わたし、総司さんと一緒にいたい」


「うん」


「だから…置いていかないで」


「彩乃?」


 彩乃が寂しげに微笑んだ。


「思い出したの。剣道の友達が言ってたこと」


 そして彩乃が唇だけで声を出さずに言う。


「でしょ?」


「うん。よく知ってたね」


「それだけ…覚えてた。『沖田総司が喀血する』…多分、近いよね」


 そう。近いんだ。


「一緒に行く。絶対」


「わかった」


 彩乃の強い瞳の前で、僕はそれしか答えられなかった。


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