第16章 血脈(1)
ここはまだ大阪の宿。将軍様の警護から数日しか経っていない。実はこの後、将軍様が大阪から京都に向かって、二条城に入るまで警護することになっているらしい。
ということで、いまだ僕らは蒲団部屋だ。
「お兄ちゃん、なんか音がする」
耳を澄ますと、たしかにドンドンと戸を叩く音がする。
「なんか、どっかが襲われて、助けてもらいに来たみたい」
そう言って彩乃は耳を澄ます。
「あ、山南さんが行ったみたいだよ」
「ふーん」
「なんか、警察みたいだね」
彩乃の言葉に、僕は苦笑いした。
夕食も終わって寝る時間だけど、まだ宵の口だ。
「山南さんの活躍を見がてら、献血活動でも行く?」
「行く!」
彩乃はにっこりと笑って、いそいそと用意を始めた。外は寒いからね。綿を入れて作った自家製のマフラーを首に巻く。これでも大分違うんだよね~。
警護のときにも一番上の着物の下にこっそり付けてたんだけど、大分違った…と思う。
夜の大阪の街。うーん。思ったよりも暗いな。
「誰かいるかな?」
こっそりと宿から抜け出して、周りを見回すけれど、あまり人が見つからない。
「とりあえず山南さんが、どっち行ったかわかる?」
彩乃に聞くと、首をかしげながら考えたのちに一方を指差す。
「こっち。匂いがするし。音もするから」
さすが彩乃の嗅覚と聴覚。言われたほうに向かって歩いていくと、僕の耳にもかすかに剣がぶつかる音がしてきた。
うわ~。思っていたよりも、結構、本格的にやりあっているらしい。
「見学どころじゃなかったね。こりゃ」
「うん。大変な感じだよ?」
「助太刀したほうがいいかもなぁ」
「そうだね」
そう話をして、僕らは山南さんのほうへ向かおうとした。
そのときに、目の端に僕は信じられないものを捉えた。
「ごめん。彩乃」
「何?」
「先に行って。必要だったらこれを使って。でも脅すぐらいね」
僕は丸腰の彩乃に、僕のレイピアもどきの脇差を持たせる。
「抜刀してから、肩か足を刺すようにしたらいいから」
「うん…。お兄ちゃん、どこ行くの?」
「ちょっと」
僕は目の端に捉えたものを逃がさないようにしながら、彩乃に剣を渡して走り出す。
「お兄ちゃん」
彩乃の声を背中で聞きながら、僕は走った。
まさか。でも、そんな。
相手は僕が追ってくるのが分かっていたらしい。適当に走って曲がった角で止まって僕が来るのを待っている。気配も隠さずに。




