第10章 遠い友情(5)
その日の深夜。
約束どおり、善右衛門さんとリリアとで、献血キャンペーンをする。
綺麗な月夜で、僕はぼーっと川原で座り込んで月を眺めながら、吉田殿のことを思い出していた。そして僕の長い人生の中での、ひと時の友人たちのことも。
僕は今まで、自分がこういう種族だから、本当に親しい友人を作るのは無理なんだと思っていた。長くて十年。人間のいう幼馴染なんて、夢また夢だ。
でも、人間でも別れは来る。今日の別れは、僕の種族が問題じゃない。僕の所属が問題だった。
それだったら、例え短い間でも、諦めなければ、もっと友人付き合いができるのかもしれない。交友関係からは、逃げ回っていた僕だけど…。
「善右衛門さん」
唐突に僕は、僕の後ろで手持ち無沙汰に立っていた善右衛門さんを呼ぶ。
「はい?」
「友人います?」
唐突な問いに、善右衛門さんは絶句した。それから苦く笑う。
「何人かいますよ。かなり親しかった人は、皆、今は墓の下ですけどね。五十年ぐらい付き合った友人もいたかな」
僕はちょっと驚いた。
「正体を明かしたの?」
「バレたんですけどね。でも認めてくれる人間もいるんですよ。何年かに一度、会いに行って、相手はどんどん歳をとるけれど、それでも友人でした」
善右衛門さんも僕の隣に座り込んだ。
「僕、友人、いないんです」
例の押しかけ友人の顔がちらりと浮かぶ。でも…。
「いないことはないでしょ」
善右衛門さんはあっさりと否定した。
「私も、俊哉さんより歳はいっていますが、友人ってことで」
とにっこりと笑う。
「それに、俊哉さんの周りでも俊哉さんのことを心配してくれる人だっているでしょ? 友人じゃないんですか?」
僕は総司や平助や斉藤の顔を思い浮かべた。
「人間だよ?」
「種族を超えても友達にはなれますよ。犬だって、友達になれるでしょ」
今、人間と犬と一緒にして、どっかから怒られそうなことを、善右衛門さんは、しれっと言ったよね。
「俊哉さん、考えすぎです。バレたときは、バレたとき。大丈夫ですよ」
いやいや。バレて、うちの祖父とか祖母は大変なことになっているから。そうもいかなと思うな。
でも、彼なら。押しかけ友人の彼だったら、ばれても「だから?」とか言いそうだ。無駄に太い神経をしていたから。
今の新撰組の屯所の中でも、気にしない奴はいそうだ。
真っ先に思い浮かんだのは斉藤だった。気にせず、淡々と受け入れそうな気がする。
総司は…びっくりするかな。でも受け入れてくれるかもしれない。
そうやってみんなの反応を想像して、僕は少しばかり気が晴れた。
本当に明かすことは永遠に来ないかもしれないけど、でも受け入れてもらえた自分を、たまには想像してみるのもいいかもしれない。
「あ、リリアさんが協力者を発見したみたいですよ」
善右衛門さんにそういわれて見ると、リリアが手招きしている。僕は立ち上がって、リリアの元へと歩きだした。
おかげで、なんとか気が軽くなったかな。うん。僕らはこのまま、この時代に留まることになったのだから…。
いつか、あの歳若く生意気で自信家の、ぶっとい神経をもった押しかけ友人に会いにいくのもいいかもしれない。
そう思っただけで、ほんの少し僕の胸は温かくなったような気がした。




