第1章 隊士になります(8)
牙を立てるのは、別に首筋でも腕でも足でもいい。ジュースみたい飲めるんだったら、別に牙すらいらない。牙は天然のストローみたいなもんだ。相手の身体を抱きしめていると首筋になっちゃうんだけどね。
若い女の子だったら、首筋っていう選択肢もありだが、おっさんの首筋には用はない。
おっと。リリアを止めなくちゃ。
「リリア。飲みすぎ」
ここで自重できないと殺しちゃう。生き血のために人間を襲うのは、そこが難しいところだ。誰だって好物を前に、途中で止めたくないでしょ?
止めるのがちょっと遅かったのか、少し貧血気味になってしまったかもしれないが、命に別状はないだろう。
リリアは名残惜しげにペロリと唇を舌で舐めた。僕は男のほうの処置をした。傷口を消さないとね。僕の特殊な唾液をつけておく。なんか喉の奥のほうから、そういう液体が出るんだよ。唾液じゃないのかもしれないけど、似たようなもんでしょ。
とにかく「舐めておけば治る」。そういうこと。
人を操ることができる。そして傷口を治せる。これは僕固有の能力だ。他にもあるけどそのうちに。
「それでどうするの?」
「うーん。とりあえず朝食のおかず探し?」
「はっ?」
「ほら、今晩みたいな食事していたらお腹空くし。せめて野草でもとってこようかと」
「まじで?」
「まじで」
そう答えた瞬間に、耳を引っ張られて、耳元で大声を出された。
「ばっかじゃないの~!!」
リリアだというと思ったよ。
でもさぁ、なんかかわいそうになっちゃったんだよね。あの食事。
その後、名前をとどろかせる新撰組が、あの食事ってどうよ。
「でもさぁ。なんか採って帰っても、抜け出たってバレんじゃん」
「うっ」
確かに…。
「俊にいってさぁ、時々馬鹿だよね」
酷い。
「普段、頭いいのに」
あ、それは認めてくれるんだ。
「伊達に252年生きてないって思うときと、馬鹿じゃん? って思うときの差がありすぎ。 まじで252歳?」
リリア…。もうなんか僕は涙目になってるよ。
「あれ? でもさぁ。252歳だったら、今、このときに、俊にい、生きてんじゃないの?」
それね。思ったんだよね。ここが江戸時代末期って知ったときに。
もしこの時空間が、僕たちのいた現代とつながっているのであれば、僕はこの時代にすでに生まれていたはずだ。
「それがわかんないんだよね。僕はこの時代、ヨーロッパのほうにいたはずだけど」
「あ、そうなの?」
「うん」
日本に来る前のことは、あまり彩乃に話していない。
実際、二つの世界戦争と、いくつもの戦争を潜り抜けている僕としては、あんまり思い出したい経験じゃないしね。
両親ともども、戦争に巻き込まれまくったからさ。
とにかく。過去の自分が日本にいれば、自分に会いに行くっていう手段で、同時空なのか、パラレル時空なのか、確認が取れたかもしれないけど、この時代に、日本からじゃ無理だね。




