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もう未来なんて売らない  作者: バーニー
108/112

その⑪

 頭の中で、未来売買人の言葉がずっと響いていた。

 こうなる運命だった。

 僕は幸せになる。彼女は死ぬ。

 僕は小説家としての道を進む。彼女は死ぬ。

 僕は結婚する。彼女は死ぬ。

 僕には子供ができる。彼女は死ぬ。

 僕は人々から称えられる。彼女は死ぬ。

 僕は歴史に名を残す。彼女は死ぬ。

 こうなる運命だった。

 …気が付くと、僕は泣いていた。枕に顔を埋め、肩を震わせて泣いていた。熱い液体が、白い枕カバーに広がっていく。喉の奥が焼けるように熱い。

 本棚には、僕の書いた小説が並んでいる。

 通帳には、売れた本の印税がたんまりとある。

 押し入れの箱の中には、大量のファンレター。

 スマホのスケジュール帳に設定された、次の打ち合わせの日時。月山さんの電話番号、映画監督の電話番号、俳優の電話番号…。

 ネットを開いて検索をすれば、僕の顔写真が出てくる。代表作の表紙が大々的に表示される。「傑作!」なんて帯が巻かれて。

 全部、僕が欲しかったものだ。小学生の時に夢見て、追い続けてきた末に手に入れたものだ。

 それなのに…、どうしようもなく涙が溢れた。

 夢遊病のように立ち上がった僕は、本棚に近づいて、自著を手に取った。一瞥したのち、放り投げた。パソコンに駆け寄って、データを確認した。そして、パソコン事投げ捨てた。

 ファンレターも一枚一枚破って捨てた。電話番号も消去した。

 サンダルをつっかけて外に出ると、ふらふらと歩き始める。

 一晩中歩き続けて、隣町にある母さんの墓の前に辿り着いた。その頃には夜も明けて、東の空が薄明るくなっていた。

 白い光が、朝の大気を貫いて、母さんの墓石を照らす。

「よお…」

 傍から見れば完全に不審者の僕は、墓石の中の骨に向かって、そう話しかけていた。

「てめえは…、生きたいと思ったことはあるか? 何か…、夢はあったか? あったとしたら…、どんな夢だったか? どうして諦めた? 諦めたあと、どう思ったか?」

 そんな、意味もない質問を繰り返した。

 墓石から返ってくる声はない。何処かで、ちゅんちゅんと雀が鳴く。

 誰かの笑い声が聞こえた。

 僕のものだった。

 僕は藍色の空を仰いで、さも幸せそうな声をあげて笑っていた。

「あはははは! あはははは! あははははは!」

 僕の声に驚いて、雀が飛び立つ。大気が揺れる。

 誰も、僕を咎める者はいない。

「悲しかった…」

 僕は墓石に向かっていった。

「あんたのこと、大っ嫌いだった…。僕の未来を売ってまで助けたのに…、母親らしいこと何一つしてくれなかったから…。だけど、悲しかった。あんたが死んで…、怒った。泣きながら怒った。『助けるんじゃなかった』って思ったけど…、違う…。この涙だけで、価値はあったんだと思う…、あんたを助けてよかったって…。『生きているだけで幸せ』なんて、脅迫的な美徳じゃないけどさ…、それでもさ…、僕は…、生まれてきてよかったと思うんだ…」

 生涯に生み出す金が、人の運命の価値なのか?

 人のために生きることが、「負け犬の遠吠え」なのか?

 違う。いや、違うのかどうかはわからない。だけど、「違っていてほしい」。

 僕は墓石に向かって頭を下げていた。

「ありがとう…」

 それから顔をあげて言う。

「僕は今から、『馬鹿なこと』をするよ。もしかしたら、後悔するかもしれない。だけど…、このまま何もしないのも、ただ後悔するだけだ…。だから…、少しでも可能性のある方に賭けてみたいんだ。その方が、『人生』って感じがするだろう?」

 踵を返す。

 そこには、未来売買人が立っていた。

 彼女はニヤリと笑い、小馬鹿にするように言った。

『貴方は、救いようがない馬鹿ですね』

「そうだろう?」

 僕は泣きながら、笑いながら頷いた。

「こうなる、運命ってやつだよ」

 未来売買人が「やれやれ」って言いたげに肩を竦める。

 僕は両手を広げた。

 さあ、やれよ。

 僕の、一世一代の大勝負だった。


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