その⑩
『こうなる、運命だったのですよ。そんなものなんです』
「……」
僕はきゅっと、ズボンを握り締めた。
未来を売り払ってしまった美桜には、不運が降りかかる。
何もかも上手くいかない。何も満たされない。
避けるためには、未来を買うしかできない。だけど…、彼女がそれを望むだろうか? 未来を買うということは、他者から未来を奪うことだ。僕のことを思って、自ら栄光を捨てた彼女に、そんなことができるはずがない。
これは詰みだった。
美桜の病気は再発する。誰にも止められない。
僕に、どうすることもできない。
『貴方に、どうすることもできないのですよ』
未来売買人は、僕の心の声に被せるようにして言った。
『これで終わりにしましょう。下手に動いて、せっかく取り戻した未来を失うことがあってはいけません。これで終わり。美桜様は、その内、病気で死ぬ。貴方を幸福にしたことに満足しながら。そして貴方は生き続ける。光り輝く道を歩きながら』
それっきり、女の声が聞こえることは無かった。
月山さんが運転する車は、静かに走り、一時間もすれば僕のアパートに到着した。
その頃にはすっかり暗くなっていて、外灯の周りを鬱陶しいくらいの羽虫が飛び交っていた。
「あの、先生、顔、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。口の中ちょっと切ったけど」
「その…、一緒にいましょうか? 心配ですし」
顔を赤くして月山さんが言う。これも運命か。
僕はにこっと笑うと、僕よりも拳一つ分高い月山さんの頭を撫でた。
「ごめん…、今日は一人にしてくれ」
「あ、はあ…」
月山さんは嬉しそうな顔をしながら頷いた。
そして、車に乗り込み、僕に手を降ってから夜道の向こうへと消えていった。
女たらしめ。と、自戒しながら、部屋に入る。軽くシャワーを浴びると、執筆もせずに布団の中に潜り込んだ。
頭の中で、未来売買人の言葉がずっと響いていた。
こうなる運命だった。




