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もう未来なんて売らない  作者: バーニー
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その④

 三日で退院すると、美桜の大学に行った。

 門を行き交う生徒片っ端に声を掛けてみたが、皆気味悪がって無視していった。仕方なく、月山さんを呼んで、彼女と一緒に話しかけた。そうすると、警戒心が薄れたのか、立ち止まって話を聞いてくれた。

 合計、三十人くらいに声をかけた。だが、結果は想像通りだった。「大学に来なくなった」「最近見かけない」。中には、「退学した」という者だっていた。それ以上のことはわからなかった。

 マンションにも行ってみたけど、一週間前に引っ越したと言われた。何処に引っ越したのかは、教えてくれなかった。そりゃそうか。

 ミニクーパーでアパートに戻っている時、運転席の月山さんが恐る恐る聞いてきた。

「あの、先生…、林道美桜って、誰ですか?」

「僕を成功者に押し上げてくれた人」

「恩人ですか?」

「そんなもん」

「ははあ…。綺麗な人ですか?」

「うん、綺麗だよ」

「ははあ…」

 あからさまに肩を落とす月山さん。なんだか申し訳なかったので、「別に、付き合ってはいないよ」と言っておいた。キスはしたけどね。

 月山さんに別れを告げて、アパートの自室に入ると、ガタガタの椅子に座って執筆を始めた。今まで通り、頭の中に物語と文章が浮かんできて、それを指先を通して文字に変換するという単純作業だった。

 たった一か月で、三作品目が完成した。それの推敲と平行して、連日のようにアパートにやってくる月山さんと次回作の製作に取り掛かる。あれだけ小説賞に落ちまくった小説のプロットを月山さんに見せると、彼女は「すごいですね! これ、絶対に面白いですよ」と、すんなりと、そのプロット案を受け入れてくれた。

 起承転結、登場人物の容姿、性格、セリフ…、事細かに設定を決めると、息を吸うように書き始める。どうやら、僕は案外筆が早いのだと思った。

 処女作の映画化は着実に進み、梅雨に入ると脚本と映画監督と記者を交えてのお話をした。話をしている内に、僕の価値観と、監督や脚本家の持つ価値観にズレがあることに気が付いた。「ああ、映画…多分失敗するだろうな」って思った。僕の小説は「生きる小説」なんだ。それを「恋愛小説」と呼びやがったこいつらとは、もう二度と分かり合えないと思った。

 会談の最後に、主演俳優と女優の名前を教えてもらった。その名前を聞いた時、「ああ、映画、成功するだろうな」って思った。主人公に抜擢されたのは、今話題の男性アイドルで、ヒロインに抜擢されたのが、「一億年に一人の美少女」と呼ばれる女優だった。正直、彼らの演技を良いと思ったことは無い。だが、彼らの顔を求めて見に行く人がいるから、この作品は安泰だ。そう思うと同時に、この監督と脚本とは一生分かり合えないと思った。

 終えると、三人で握手をしている写真を撮った。フラッシュを焚きながら、カメラマンに「笑って! 先生笑って!」と言われたが、緊張で引きつった顔ではどうすることもできなかった。

 月山さんの車で帰る途中、わがままを言って、半年前に美桜がサイン会をした書店に寄った。僕が松葉杖をつきながら店内に入ると、あの店長さんが「あら! ヒイラギ先生!」と声をあげて寄ってきた。

「この前は本当にありがとうございます! ヒイラギ先生のサイン、ほら、神棚に飾っているんですよお」

 見れば、店の神棚に僕の処女作が飾られていた。その隣にあるサイン色紙には、僕の字で「ヒイラギマコト」と書かれていた。半年前にここでサイン会を開催して、注目の的になったの僕ということになっていた。

 そういう過去になっていた。

 美桜の行きつけの喫茶店を尋ねても、「ああ、ヒイラギ先生、こんにちは。今日も執筆ですか?」と言われるだけだった。

 美桜が小説家として、僕がその補佐として過ごした時間は全て無かったことになっていた。

 月島さんがくどいくらいに聞いてきた。

「ヒイラギ先生、美桜さんって誰ですか?」


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