【番外編】フィリオの予感
「今回も惨敗でした」
「はぁ……………くそっ。どうしたら良いんだ」
「歴史あるクローデル公爵家の当主にして騎士団長なのに、どうしてでしょう?―――やはり顔、でしょうか?」
ヴァレリオ様に睨まれた。何か気に触ることを言ってしまっただろうか?事実を述べたのがいけなかったのか?
ヴァレリオ様は素晴らしいお方だ。
幼い頃からの夢だった近衛騎士になり、俺は2年で副小隊長まで出世した。その時に配属されたのが、ヴァレリオ様が小隊長を務める王太子様付きの隊だった。
ヴァレリオ様の強さは折り紙付きで、騎士になってからは彼のようになりたいと憧れていた。
妙に女性が寄って来る女顔の自分に比べると漢らしい顔立ちで、すぐに女の話をするヤツの多い騎士団の中では硬派なのも良い。
と、思っていたが、クローデル公爵家で働きだしてから分かったのは、硬派なのではなくただ女性からモテないと思い込んで自分から女性と関わらないようにしているだけだったのだ。
つまり、奥手。
女性から見るとヴァレリオ様の顔は恐いらしい。男の騎士団員でさえ『恐ぇ』と情けない事を言う奴もいる。まぁ、そういう奴は出世できないし成長もしないからすぐに辞めていくが。女性騎士の中にはヴァレリオ様に好意を寄せている者もいるような気がしたが、ヴァレリオ様は全く気付いていなかった。
厳つい風貌からは想像できないくらいヴァレリオ様は穏やかで温かな人物だ。
例えば、部下を叱責しなければならない状況でも頭ごなしに決め付けて怒鳴る事はあまりしない。基本的に相手や双方の言い分を聞いてから諭すような叱り方をする人だし、部下が悩んでる場合はその事にも良く気が付く。
自分が気付いたのに『隊長である俺には言いにくいかもしれないから』とわざわざ俺に行かせていた。
おかげで一部ではあるが、副小隊長になったばかりの頃、年下の上司に難色を示していた隊員たちからも俺はどんどん慕われていったし、他の隊の奴らからも評価された。
当時は他の近衛や外部の人には伝わっていなかったが、部下達もその事はちゃんと気が付いていたと思う。
常に護衛対象である王太子殿下の事を気に掛け、近衛の仕事の範疇を超えた気配りもする。細かい事にも気がつく繊細さがあるのに、度量も大きく、それでいて騎士としての技量はピカイチ。
そんな人、男としても騎士としても憧れないわけがないし、慕わずにいられない。
ヴァレリオ様の小隊の副小隊長である事も、副小隊長としてヴァレリオ様を支えられる事も、俺の誇りだった。
書類仕事があまり好きではない様子のヴァレリオ様に代わってする書類仕事でさえ、充足感があった。
クーデターの後、以前と同じように動かせなくなった腕に絶望した。
庇った部下のことは恨んでいない。全ては俺の力量が足りていなかったせいだから。ヴァレリオ様の下で、自分まで強くなったつもりで驕っていたのかもしれない。
誰のせいでもなく自分の甘さが招いた結果に、誰かを責める事もできず、珍しくやさぐれていた。夢だった近衛騎士になれたのにあっという間に降格になって、もうどうでも良いと思った。
田舎に帰って、適当に働いて、いつか俺の見た目しか見ていない女とでも結婚することになるのだろうと投げやりになっていた。
そんな時、ヴァレリオ様に『騎士を辞めるならうちで働かないか?執事が高齢で後継を探そうと思っていたんだ。お前は書類仕事も得意だったから向いていると思うんだ』と誘っていただいた。
今度は尊敬し慕っているヴァレリオ様の私生活を支えられる道を与えて貰えた。絶望のなかに光がさした気がした。
迷いなんてなかった。俺の人生はまだ終わっていないとすら思った―――
「見た目はそんなに重要か…?」
「どんなに見た目が良くとも中身が伴わなければ生涯の伴侶としては厳しいと思います」
次々に断ってくる令嬢たちは本当に愚かだ。見た目がなんだと言うのだ。見た目に惑わされて大切な事が見えていない。そんな女性はヴァレリオ様の奥様には相応しくないから、こちらから願い下げである。
そんな事を考えている時にヴァレリオ様から漏れた言葉に同意したら、今度は項垂れてしまった。
前から薄々気付いていたが、俺はもしかしたら一言多いのかもしれない。
「もういい。今後はお前に任せる。残っている家からお前が良いと思う家へ順に、適当に出しておいてくれ」
「俺が選んで良いのですか?」
「俺はもう、自分で選んで断られたくない……」
俺の独断で打診を出しても良いなら、相手は1人しかいない。
サランジェ伯爵家の御令嬢だ。
クーデターが起こるより少し前、あの夜会会場で彼女を見た。
連絡があってヴァレリオ様の側にいくとチラチラと視線を感じた。
いつも通り俺が見られているのかと思い、鬱陶しいなと思いを込めて視線を感じる方を見たが、相手と目が合わない。
それもそのはず、令嬢は俺の隣にいるヴァレリオ様を見ていたのだ。自分を見ているのだなんて自意識過剰な自分が恥ずかしかったが、珍しいこともあるものだと思った。
最初は怖いもの見たさでチラチラ見ているのかと思ったが、また連絡があって再度ヴァレリオ様のところへ行くと、また視線を感じた。まだ視線を感じたという方が正しいか。
『先程から何やら視線を感じるのだが、相手が分からん。空気も重いし嫌な予感がする。念のため油断するな』
『そうですか……』
令嬢は先程の位置から移動していたが、今度は親なのかサランジェ宰相補佐官の影に隠れながらキラキラとした瞳でじっとヴァレリオ様を見ていたのだ。
その視線は、女性たちが俺に向けてくるものと似ているように見える。
もしやヴァレリオ様に一目惚れを……?
中身も知らず見た目に惹かれる事自体はどうにも否定的な気持ちになってしまうが、ヴァレリオ様を見初めるとは見る目のある令嬢だと思った。他の女とは違うと感じた。
俺が持ち場に戻った後、クーデターで場が混乱してしまったし、怪我して騎士を辞めることになったので、あの時の令嬢の事などすっかり忘れていた。
「これとこれ、あとはこれも。彼女達は男性から人気らしいから、申し込んだところで無駄だろう。省いてくれ」
「かしこまりました」
ヴァレリオ様から頼まれた『現在婚約者がいなくて、家格や年齢に差があり過ぎない家の令嬢』の釣書を持っていくと、何名かの令嬢を省くように言われた。
どうやらヴァレリオ様は女からモテない事をコンプレックスに思っているようだ。だから、人気のある女性に打診をしても無駄だと決めつけている。
抜き出されたリストの中には、サランジェ伯爵令嬢の名前も含まれていた。すっかりあのご令嬢の事は忘れていたが、名前を見てクーデターが起こる前のあの視線を思い出した。当時の宰相補佐官であるサランジェ伯爵の背中にぴったりとくっついていたから、サランジェ伯爵家のご令嬢のはずだ。
あの時の視線の意味は俺の勘違いかもしれないし、6年も経っているから他に好きな人がいる可能性もある。だけど、まだ婚約者もいないということで彼女になら希望を持てる気がしたが、ヴァレリオ様から省けと言われた以上俺が勝手に打診を出すわけにいかなかった。
しかし、今回打診先を任されたからには最初に出すのはサランジェ伯爵家に決まりだ。寧ろ、サランジェ伯爵家以外には候補が思い浮かばない。
縁談の顔合わせの打診について書状を送るとすぐに承諾の返事が届いた。返信の早さで確信した。やはりあの時の令嬢からの視線の意味は、俺の勘違いではなかったのだ。そして、この返信の早さを考えると恐らくご令嬢は今も―――
「おかえりなさいませ。いかがでしたか?」
「婚約が成立した」
顔合わせから帰宅されたヴァレリオ様に問うと、何故か茫然とした様子で婚約が成立したと言われたが、こんな嬉しい事はない。
後は、リラ様が性格の良い令嬢であることを願うばかりだったが、初めてクローデル公爵家に来られた際に俺よりも先にヴァレリオ様の変化に気付き、雰囲気を変えようと一生懸命振る舞う様子を見て安心した。
リラ様ならきっとヴァレリオ様のお心に寄り添う事ができそうだと。




