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17話・奇襲

 ユスタフ帝国の現皇帝はかなり好戦的な性格らしい。我がサウロ王国のみならず国境を接する他の国々とも常に諍いを起こしている厄介な存在だ。


主人(あるじ)はなぜ王国軍を動かさないのですか」

「全ての責をご自分で背負う覚悟を決めておられるからだ」


 エーデルハイト家に長く勤める隠密に訊ねると、彼は至極当然といった様子で答えてくれた。


 そもそもグナトゥス様はなぜ独自の戦力を持っているのか。既に王国軍の頂点に立っているのだから必要ないはずなのに。悩む私に「そのうち分かる」と古参の隠密は笑った。


 クワドラッド州は常にユスタフ帝国からの奇襲を受けており、その都度王国軍に救援を頼んでいては間に合わない。軍を長い間一箇所に留めていては王都の守りが薄くなる上、他州での有事に対応できなくなってしまうからだ。軍務長官だからこそ自領のために王国軍を使うわけにはいかなかったのだろう。


 実際、グナトゥス様が集めた私兵集団は軍と比べても遜色ないほど鍛錬されている。一貴族が抱えるには多過ぎるほどであり、謀反の疑いはこの辺りに原因があるように思えた。


 しかし、戦況が激化して多数の負傷者が出る事態となった。グナトゥス様の方針により、ユスタフ帝国からの亡命者を保護していた事実が皇帝の逆鱗に触れたのである。異世界人の少女を王宮に預けてから戻ったグナトゥス様は被害状況を重く見て攻勢に出る決意を固めた。


「少数精鋭で帝都を叩く」


 私兵集団はクワドラッド州の守りの要、ほとんどを残していく。新参者の私が帝都行きの頭数に加えられることはないので勝手に着いていくと決めた。万が一帝国と繋がりがあるのなら何処かで接触するはずだ。疑いを完全に晴らすために必要だから、と自分に言い訳をする。もうとっくに疑念は消え去っているというのに。






 亡命してきた元帝国兵に案内役を頼み、十数名で南下する。主だった街道を行けば帝国軍とぶつかってしまう。土地勘のある者の導きで最短かつ安全な経路を進むことができた。


 グナトゥス様やエニア嬢、その他兵士を少し離れた位置から追い掛ける。隠密仲間からは居場所を把握されていたが、特に妨害されることもなく黙認されている。私がどこから遣わされているか知っているのかもしれない。それでも、グナトゥス様たちに害をなせばただでは済まされない。


 エニア嬢は強い。剣技も相当だが魔法も強力で、兵士たちの出番が無くなるほどだった。何かあれば私が盾となって守るつもりでいたが、魔獣や帝国兵と対峙する姿を見た限り必要ない気がした。街道を馬で駆ける鮮やかな橙色の髪を眺めながら、彼女の隣に立つ男はどれほど強くなければならないのかと考えると気が遠くなる。


「これ全部魔獣?どうなってるの」

「帝国が魔獣を飼い慣らしておると言う話は真実じゃったか」


 帝都を囲むように配された四つの衛星都市。軍の施設には大きな檻が幾つもあった。百数十匹もの凶暴な魔獣がひしめき合い、唸り声を上げている。ユスタフ帝国が他国との戦争に魔獣を使っているという証言の裏付けが取れた。


「お父様、どうする?」

「我が国に被害が及ぶ前に全て処分する」

「そうね、わかったわ」


 二言三言軽く相談した後、エニア嬢が魔法で炎を生み出して魔獣を一掃。その後グナトゥス様が大剣を振るって檻を全て破壊。軍の施設にいた帝国兵は同行の隠密が気絶させて回った。


 間を置かずに帝都へ向かい、厳戒態勢が敷かれる前に奇襲を仕掛ける。


「皇帝を探せ。奴さえ屠れば済む」

「はっ」


 狙いは戦争狂いの皇帝オーヴォルトの命。有害な人物とはいえ他国の指導者を暗殺するとなれば後から何と言われるか分からない。王国軍を一兵たりとも使わず、少数精鋭で乗り込んだ理由が分かった。グナトゥス様は自らの手を汚し、一人で責任を背負いこんで戦争を終わらせるつもりなのだ。


 まず警備に当たっている兵を外へと誘き出すために帝都内の何ヶ所かで騒ぎを起こした。火薬を爆発させたり、繋がれていた馬を放したり。あらかた兵が出払ってから帝城の敷地内へと潜り込む。


 しかし、皇帝一族の居住区と思しき場所には入り込む隙がなかった。限られた者しか鍵を持っておらず、高い位置にある窓も外からの侵入を警戒した造りとなっている。


 この後はどうするのだろうと考えていると、建物の陰から一人の女が現れた。三十半ばほどの痩せた女官である。彼女は周囲をしきりに気にしながら、ひと抱えもある布の塊を私へと差し出してきた。布の中には生後数ヶ月ほどの赤ん坊が包まれており、すうすうと小さな寝息を立てている。


「サウロ王国の御方とお見受けいたします。どうかこの子を連れていってください」


 憔悴しきった表情を隠しもせず、女官は懇願してきた。勝手に請け負うわけにもいかず、かと言って見捨てることもできす、仕方なくグナトゥス様たちに相談することにした。恐らく既に気付かれてはいただろうが、私が一行の前に姿を見せねばならない状況に陥るとは。


 女官はグナトゥス様の前に平伏し、改めて赤子の保護を願った。


「そなたの子か」

「いいえ。私がお仕えしているかたの御子です」

「もしや皇帝一族の?」

「違います。理由はお話できませんが、このまま帝城にいては命が危ないのです」


 切羽詰まった声音で懇願され、グナトゥス様はしばし思案された後に了承する。安全な場所まで連れて行くと約束すると女官は泣きながら感謝の言葉を何度も繰り返した。私が抱く赤子を見て「どうかご無事で」と祈りを捧げる。


「赤ちゃん連れ出したの見つかったらあなたが罰を受けてしまうんじゃない?」

「私はどうなっても構いません」

「そういうわけにはいかないわ!今からちょこっとだけ建物を壊すから、あなたは崩落に巻き込まれたってことにしたらどう?」

「はあ」


 言いながら、エニア嬢が近場の塔に振りかぶった拳をぶつけた。石造りの壁があっさり粉砕され、音を立てて崩れ落ちる。笑いながら城を崩すエニア嬢は本当に楽しそうで、つい見惚れてしまう。唖然とした表情で塔を見上げていた女官だが、気を取り直して再度赤子を頼んでからその場を立ち去っていった。


 その後、エニア嬢とグナトゥス様は帝城内の建物や城壁などを壊して回った。轟音と砂煙に、陽動につられて散らばっていた帝国兵が集まり始める。退路を塞がれる前に帝都から離脱する。


 赤子の世話係は、一行の中で一番年下だからという理由で私に任された。


本編57話辺りでチラッと話題に上がったエピソードの裏側です。

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