9話・遭遇
サウロ王国、王領シルクラッテ州。その中央部に王都アヴァールがあり、エズラヒル州からは馬車で数日かかる。
王都の貴族街にあるウェンデルバルド家の屋敷へと移り住み、いよいよ貴族学院入学の日を迎えた。
学院内では取り巻きがいる生徒を何人も見かけた。おそらく主家の子に付き従うように親に言われているのだろう。周りから見れば自分もそう見えているに違いない。
やたらと女生徒から話しかけられ、二人だけで話したいとか場所を移そうと提案されたが、全て断った。護衛として、ザフィリア様のそばを離れるわけにはいかないからだ。
もしかしたら護衛の自分を引き離すためにやっているのかもしれない。入学したばかりの時期はまだ学院生活に慣れていない。隙を狙われている可能性もある。
屋敷に帰ってから報告したところ、ザフィリア様があきれたようにため息をついた。
「オルニスって頭はいいけど、気持ちの機微にはニブいのね。あーあ、あの子たちかわいそう」
「……」
平民には理解できない裏の意味があったらしい。
この辺りも追々学んでいかなくては。
入学してしばらくは平穏な日々が続いた。
ザフィリア様も友人を作って楽しそうに過ごしている。中でも、王女のマデリナ様と特に仲が良い。マデリナ様の兄はザフィリア様と結婚するかもしれない王子。まだ顔も知らないが、同じ学院に通っているのだから会う機会もあるだろう。
「今日はマデリナ様のおうちに寄るわ」
「マデリナ様のお宅は王宮では?」
「そうだけど」
「……」
友人ならば互いの屋敷を行き来することもあるとは予想していたが、まさかその感覚で王宮に行くとは。王宮自体には何度か行ったことがあるようで、ザフィリア様は物怖じもせず楽しみにしている。
学院の授業が終わってから、マデリナ様の馬車に相乗りして王宮へと向かう。
何かと話を振られたが「はい」と「いいえ」だけで乗り切った。私が護衛だということは周囲には秘密。下手に喋れば貴族ですらないことが露見してしまう。王族相手に無視もできず、曖昧に言葉を濁した。
「ごめんなさいマデリナ様、オルニスは人と話すのがあまり得意ではなくて」
「ふふっ、そうみたいね」
「……」
ザフィリア様がそう説明してくれたおかげで、私は黙って控えていても過度に構われることは無くなった。
雑談している間に馬車は王宮に到着した。
正門から庭園を抜け、王族の居住区域へと入る。至る所に騎士が立ち、警備をしている。不審者の侵入を阻むためだ。私たちはマデリナ様が招いた学友ということですんなり通された。
貴族学院内でも思ったことだが、『貴族の中でも偉い立場の人間』には必ず付き従う存在がいる。護衛や取り巻き、お目付役のようなもので、これは王宮内にいる大人たちも同じ。故に、身分が高い者ほど一人では出歩かない、一人で出歩くことを許されていないようだった。
──そういう先入観を持ってしまったがために、
私はとんでもない失態をおかすことになる。
王宮の客間で、マデリナ様と妹姫のルシオラ様、ザフィリア様たちは歓談している。二人の姫にはもちろん侍女が付かず離れず世話を焼いており、客間の出入り口には騎士が立っている。警備の面では問題はない。
ザフィリア様の護衛という立場だが、学友でもある私は同じテーブルを囲んで座っている状態。まさか王女と同席することになるとは思ってもおらず、内心焦りを感じていた。女の子の話には入れず、気まずい気持ちでただお茶を飲む。
「マデリナ様、お手洗いをお借りします」
しばらくして、ザフィリア様が席を立った。
手洗い場は客間から出て少し歩いた先にある。自分も当たり前のようについていこうと腰を浮かせたのだが、マデリナ様に止められた。
「あなたはここでお待ちなさいな。その間、私たちとお話しましょう」
「……、……はい」
椅子に座り直した私を横目に、ザフィリア様は一人で出ていってしまった。王女二人と向かい合う形になり、先ほどより居た堪れない気持ちでお茶を飲む。
「そんなにザフィリアが気になる?」
「それは、もちろん」
「ずっとくっついてたらお互い息が詰まってしまうわよ」
女性のお手洗いにまで男がついていくなと暗に言っているのだろう。確かに、王宮内は警備の騎士が常駐していて安全は確保されている。ついていく必要はない。
だが、パルテナ様から『お嬢様から離れず付き従うように』と頼まれている。
「申し訳ありません。やはり離れるわけには」
椅子から立ち、頭を下げて客間から廊下に出る。ザフィリア様が出てから既に数分経っており、ちょうど彼女はこちらに戻ってくるところだった。
「あら、オルニスもお手洗いに?」
軽く手を上げ、呑気な笑顔を向けている。ほんの僅かな時間離れていただけなのに、無事な姿を見てホッと気がゆるんだ。
しかし、安堵したのも束の間。
ザフィリア様の後方から十代半ばくらいの金髪の青年が近付いてくる様子が見えた。王宮に出仕している騎士や役人とは服装が違う。供の者を連れていないことから高貴な身分ではないと判断する。そんな青年がザフィリア様の背中に手を伸ばしている。明らかに怪しい。
普通に歩けば十歩ほどの距離を跳躍して詰め、ザフィリア様を庇うように間に立つ。そして、胸元に隠し持っていた短剣を取り出そうとしたところで何かに弾かれた。
「俺に敵意を向けるな」
短剣に伸ばした手を戻し、青年と向き合う。
彼の周りには誰もいない。
彼が何かしたわけでもない。
それなのに、分厚い金属製の盾で阻まれたような、熟練の戦士にいなされたような不思議な感覚があった。
驚いたザフィリア様は、私の視線の先へと顔を向け、背後に立つ青年に気付いた。
「あら、ディナルス様!」
「久しいな、ザフィリア嬢」
なんと、二人は顔見知りだった。
それだけではない。
ただならぬ空気を察した警備の騎士が数名駆け付けてきて、彼の周りを囲むようにして膝をついた。
「殿下、何かございましたか」
「問題ない。持ち場に戻れ」
「はっ」
ザフィリア様の知り合いらしき青年は、騎士たちから『殿下』と呼ばれた。『殿下』とは国王陛下以外の王族に対する敬称。そして、ディナルス殿下といえば、将来ザフィリア様と結婚するかもしれない相手である。
その相手に、もう少しで刃を向けるところだった。




