この世界の刀は
僕はそこにいた人物を見て驚いた理由は単純明快。何故なら、最近見たものによく似ていたから。
――竜の魔獣の頭に、よく似ていたから。
「餌付けじゃねえからっ……って、グラディスか」
「グラディス、この二人は私達の部隊に加わる新入団員ですよ」
この人が、テトさんが話していたグラディスさんらしい。
声は男性のものだ。そして、深く被るフードから覗く顔は、色や細かな部分は違えど、竜の魔獣そのものだった。
「ガキを騎士団に入れるとか、正気か?」
「正気も何も、歳はレティより上だぞ?」
「……あー、片方は七聖だったか」
"ガキ"と言われて少しイラッとしたが、どうやら納得はしてくれたようだ。
「グラディス、明日からシンに剣を教えてやってくれよ」
「俺が?」
テトさんの頼みに彼は首を傾げる。
「俺よりシンシアの方が適任だろ」
「団長、私が教えますよ?」
「いや、こういうのは男同士の方がやりやすいと思うんだ」
「だが、俺のは刀……片刃の剣だ。両刃の剣とは勝手が違う」
テトさんの言葉に対して、彼は腰に下げる左右の刀の柄に触れながら答える。
「僕は刀の方が慣れてるので大丈夫です」
「ああ?」
竹刀や木刀なら振ったことがある。
経験が全くない剣より、少しでも慣れている刀の方が良い筈だ。
「テメエ、まさかジジイの差し金か」
「はい?」
「グラディス、昨日話しただろう。シンは異世界人だぞ」
「……チッ、紛らわしいんだよ」
グラディスさんに舌打ちされた挙句に文句を言われる。割と理不尽である。
「シンの世界にも刀があるのですか?」
シンシアさんに訊ねられる。この世界ではそれほど広く普及している訳じゃないのかな。
「僕の世界というより、僕の住んでいた国……地域では、"剣道"っていうスポーツがあったので」
「すぼーつ……とは?」
「え?」
"スポーツ"って通じないの?
今更になって、僕はこの世界に来てからはサッカーや野球も見かけていないことに気がつく。でも、他に何か言い方あったっけな……。
「スポーツというのは、一種の運動競技のことだ」
「ああ、なるほど」
僕がどう説明すればいいか悩んでいると、ラミアさんが代わりに説明してくれた。
……どうしてラミアさんは分かったのだろう。気にはなったけれど、今聞いて何かある訳でもない。時間がある時にそれとなく聞いてみよう。
「剣道って確か、木刀持って一対一で叩き合うやつだったよな?」
「……言い方はおかしいが合ってる」
テトさんの自信なさげな言葉にグラディスさんが答える。
会話を聞く限り、皆が剣道を知っているように聞こえる。
「この世界にも剣道はあるんですか?」
「俺の故郷の腐った慣わしだ」
グラディスさんは吐き捨てるようにそう言うと、ラミアさん達は苦笑いを浮かべた。
何があったのかは分からないが、彼は剣道が嫌いみたいだ。
「で、お前……シンだったか? 刀は持ってんのか」
「あ、いえ」
「なら、まずは刀だ。ラミア、こいつ借りるぞ」
「どちらにせよ、明日には必要になるからな。よかろう」
半分勝手に話が進んだ気がするが、僕からも特に反対はない。
「俺もそっちについて行くよ。男女で分かれれば丁度三人ずつになるだろ?」
「そうですね、団長にしては良い判断だと思います」
「だろ?」
テトさん、それ褒められてないと思う。
「決まったならさっさと行くぞ」
「あまり遅くならないうちに帰ってくるのだぞ」
「お前は母親か」
保護者のように注意するラミアさんに、グラディスさんは呆れたように突っ込む。
「シンシア、行ってくる」
「帰ってこなくてもいいですよ」
「酷くない?」
シンシアさんは相変わらずテトさんに厳しい。
「えっと、行ってきます」
「フルミネのことは任せてください」
「お願いします」
シンシアさんにお願いをした上でフルミネを見ると、紙袋を抱えてカスティラを頬張りながら僕を見ていた。呑気か。
「……んくっ、いってらっしゃいっ」
「あ、うん。行ってきます」
カスティラを飲み込み、控えめに手を振りながら言葉を返してくれる。この様子なら心配はいらなさそうだ。
「グラディスにイジメられたらちゃんと言うのだぞー」
「しねえよっ」
――そんなこんなで、わちゃわちゃしつつも僕達は二手に分かれたのだった。
……こんなやり取りができるのも、気の知れた仲間だからできるのだろう。
僕はテトさんとグラディスさんについて歩きながら、元の世界の楽しかった記憶を思い出していた。
皆、元気かな……。
▼ ▼ ▼ ▼
三人を見送った後、私はラミアに話しかける。
「ラミア、この後はどうします?」
「蔵書塔にでも行こうかと思ったのだが、行くなら二人一緒の方が良いだろうからな……」
"蔵書塔"――要塞都市ガロウナムスの第一の象徴がガロウナムス騎士団本部とするならば、その塔は第二の象徴とも言える場所。
そこには世界の歴史やあらゆる文化・知識に加え、全ての七聖の記録等が何万、何十万もの本として保管されている。
「あの、これっ」
そんな声と共に、フルミネが紙袋をこちらに差し出してきた。それを受け取ると、少し重みがある。カスティラはまだ残っているようだ。
「食べてしまってもよかったんですよ?」
「それはちょっと……」
どうやら、私達の分を残してくれたらしい。
しかし、これを持ったままでは別の店に入ることはできない。そもそも、蔵書塔に行く予定が潰れてしまったため、次にどこに行くかすら決まっていない。
「せっかく男女で分かれましたし、広場で休憩しながら女子会でもしますか?」
「その響き、慣れないな……」
ラミアは頰を引きつらせて言った。拒否はしてないので、このまま話を進めてしまって大丈夫そうだ。
「フルミネもそれでいいですか?」
「は、はい」
フルミネの反応は、心なしか先程より固く見える。
七聖ということもあって、歳もかなり近いと聞いている。だから、できればもう少し遠慮をなくしてほしいと思う。
「では、行きましょう」
広場に着いたら何を話そう――そんなことを頭の片隅で考えながら、私達は出発した。
* * * *
▼ ▼ ▼ ▼
刀鍛冶屋に着き、グラディスさんを先頭に中に入る。
「親父、今いいか?」
「おう、どうしたグラディス……珍しい組み合わせだな」
壁一面に刀が掛けられた店の奥から、頭にバンダナを身に付けた男性が出てくる。そして、僕達を見て驚いたような反応を見せた。
「親父さん、こんにちは」
「……久しぶりだな。シンシアは元気にしてるか?」
「はい、元気ですよ」
「そうか」
それだけ聞くと、男性は「ふぅ」と一息つく。どうしてシンシアさんのことを訊ねたのだろう。
「親父さんはシンシアの父親なんだよ」
「えっ」
テトさんの言葉を聞いて男性をよく見ると、確かに眉毛はシンシアさんの髪と同じ紫色だった。
シンシアさんの名字は確かホーネットだから……ホーネットさんで大丈夫かな。
「そこの坊主は初めて見る顔だな」
「今日はこいつに刀を売って欲しいんだ」
「まさか、この坊主も騎士団員か?」
じっとホーネットさんに見つめられ、思わず体を引いてしまう。
「別に取って食いはしない。だが、一つ確かめさせてくれ」
そう言って、彼は壁に掛けられた刀の一つを僕に手渡してきた。
「あの、これは一体……」
「振ってみろ」
振ってみろって、今すぐ?
振り返ってテトさんを見ると苦笑い、グラディスさんは無言で頷いた。"やれ"ということだろう。
刀を軽く上に上げる。人狼になって初めて持った刀は軽かった。きっと、スキルの影響もあるのだろう。
あと、これは鞘を抜いた方がいいのだろうか。でも、そこまで広くないこの店内で抜くのも危ない気がする。
「どうした?」
「あ、すみません。じゃあ、振ります」
結局、鞘に納められたままの刀を上段で構える。ないとは思うけれど、手からすっぽ抜けたら怖いし。
「――ふっ」
そして、真っ直ぐに振る。
耳に入ったのは、バットを振る時のような風切り音。自分でも、今のは綺麗に振れたと思う。
「……何をしている?」
「あれ!?」
普通に振った筈なのに、ホーネットさんはまるで変なものを見るような目で僕を見てくる。
「鞘ぐらい抜けよ」
「抜いてよかったんですか?」
「……お前、本当に刀振ったことあんのか?」
グラディスさんは呆れを含んだ目を向けてくる。
言われるがまま刀を鞘から引き抜くと、僕の遠慮が無駄なことを知った。
「刃がない……?」
「刃が付いたものをここで振らせる訳ないだろう」
「えー……」
「大体、何だよその上に構えた振り方。刀は腰に構えるもんだろ」
「えー……?」
二人の言葉を聞いて僕は後悔した。
"刀は経験がある"なんて言わなければよかったかもしれない。僕の知ってるものと色々違う。
「教えてやるから、もう一回やってみろ」
――その後、二人に言われた通り刀を持ち、腰の辺りに深く構えてみた。
「構えはまあまあだな」
「振ってみろ」
僕は頷く。そして、教えて貰った通り魔力を込めて、下から斜め上に切り上げるように刀を振るった。
「……どうですか?」
「遅い」
「剣筋ブレまくってるじゃねえか」
散々な言われようだった。でも、僕自身、振った感覚がイマイチだったのでそれは素直に受け取っておく。
……だから、せめてこれだけは言わせてほしい。
「抜刀術なんてまともにやったことないですからねっ!」
この世界の刀の全ては"竜式"という抜刀に似た技術だった。
さらに、鞘には魔力を込めることで射出装置のように刀を勢いよく抜刀できる仕組みがあることも知った。そこは魔道具に似ている。
――何が言いたいのかと言うと、僕のいた世界の剣道とは全くの別物だったということである。
▼ ▼ ▼ ▼
「単刀直入に聞きます。フルミネとシンはどういった関係ですか?」
広場のテーブルが並ぶ一席。
屋台で買ったパンケーキ等がテーブルに並ぶその席で、シンシアは訊ねる。
「…………こ」
「こ?」
「恋人、です……」
フルミネは顔を真っ赤にさせて、消え入るような声でそう言った。
「ですよね」
「まあ、そうだろうなとは思っていた」
「へ!?」
フルミネにとっては勇気のいる告白だったかもしれないが、こちらからすると衝撃より納得の方が強い。
むしろ、あれで付き合ってすらいなかったら、それこそ驚いていたと思う。
「一番に確認したいことも終わりましたし、女子会を始めましょう!」
シンシアは握り拳を上に突き出して宣言する。
張り切り方が凄いけれど、女子会ってこういうものだっけ?
「ほら、二人も一緒にっ」
「「お、おー……?」」
疑問に思いながら、なし崩し的に私達の女子会は始まった。




