前途多難な空旅の始まり
「――でかっ」
「私も、こんなに近くで見たのは初めて……」
僕達の目の前にあるのは巨大な飛行船。
船で例えるなら、テレビでよく見た豪華客船……いや、もしかすると、それ以上の大きさかもしれない。
「ガロウナムス行きはこれだな」
「……本当にこれに乗って行くんですか?」
「ガロウナムスに行くならこれが正規の方法だぞ。それに、これに乗っても三日はかかるしな」
――僕達がこれから向かうのは、要塞都市ガロウナムス。
この王都レイクスから遥か東にある、三大都市の一つとも言われているほど大きな都市だ。
その都市には"ガロウナムス守護騎士団"と呼ばれるものが存在する。
理由は不明だが、ガロウナムスは魔人に最も襲われやすい都市らしい。そのため、先人は対魔人専門の部隊が必要だと考え、生まれたのがガロウナムス守護騎士団なんだとか。
今回の僕達の目的はその騎士団への入団である。
騎士団に僕だけならまだしも、七聖であるフルミネも入るということに疑問を覚えた。
けれど、その騎士団には【盾聖】と【双聖】の二人も入っているらしく、別段特別なことではないようだ。
「それにしても……」
グラスさんは僕達の後方に目を向ける。
「どうしてウリエーミャがいるんだ? 教会に戻らなくていいのか?」
「私もガロウナムスに用があるの。チケットは自分で持ってるから気にしなくていいわよ」
そう言って、ウリエーミャはヒラヒラとそのチケットを見せてきた。
……チケット?
「し、師匠……私、チケットなんて持ってないよ?」
フルミネも僕と同じことに気づいたようで、グラスさんに問いかける。
「ああ、大丈夫だ。家族連れのチケット買ってきたからな」
「……家族?」
「いや、流石に家族は無理があると思うんですけど」
グラスさんはエルフ、フルミネは人間、僕は人狼。顔が似ているという訳でもなく、なにより髪の色も全く違う……うん、無理。絶対無理。
「あたしはお前達の保護者なんだぞ。いける」
あ、目が本気だ。止めても止まらない人の顔になってる。
「大丈夫かな……?」
フルミネは不安そうに僕に訊ねてくる。
「グラスさんがああ言ってるから、大丈夫なんじゃない?」
「だといいけど……」
フルミネにそう言ったはいいものの、僕も少し不安である。本当に大丈夫なのか……?
* * * *
「チケットを確認します」
「頼む」
受付の女性にグラスさんがチケットを渡した。家族連れのチケットを。
「はい…………え?」
女性は目を見開く。そして、グラスさんの顔を見た。やっぱり家族連れは無理があるって……。
「【氷聖】様……!?」
「頼むから声は抑えてくれ」
受付の女性の口元に人差し指を立てると、女性はこくこくと頷く。そして、声量を抑えて言ったのだった。
「す、すみませんっ、急いで返金致しますっ」
「「へっ?」」
女性の慌て方に、僕とフルミネからは変な声が漏れてしまう。
どうして返金? それに、そこ? 問題ってそこなの? 家族チケットに関してはスルー?
「あのな、あたし達は一般人と同じ扱いで大丈夫だぞ?」
「そ、そういう訳にはいきませんっ」
頑なに拒む女性にグラスさんはため息を吐く。
半分ほどしか話についていけてない僕達はそれをただ傍観するしかない。
――そんな時、後ろにいたウリエーミャがグラスさんの前に出た。
「【時聖】様まで!?」
「王政の制度はとっくの昔に変わったの。だから、普通の客として扱いなさい」
「い、いえ、そんな「口答えするの?」――っ!? すみませんっ、すぐに手続き致しますっ!」
ウリエーミャの言葉に、女性は慌てた様子で受付の機械のようなものを動かし始める。
「全く……新人の教育はちゃんとしときなさいよ……」
「あそこまで言わなくてもよかったんじゃないか?」
「あんたは言い方が優しすぎるのよ」
「まあ……何にせよ、おかげで助かった」
グラスさんの言葉に、ウリエーミャはそっぽを向いて何も答えない。"礼なんていらない"とでも言うみたいに。
「――終わりましたっ。こちらがお部屋の番号になりますっ。四名様、どうぞっ」
「……いつの間にか一緒にされてない?」
「まあ、それぐらいはいいだろ。乗るぞ」
二人は飛行船の入り口に向かって歩き始める。
僕とフルミネはそれに続きながら、顔を見合わせた。
「結局、何も言われなかったね……」
「なんか、それどころじゃないみたいな感じだったよね……」
フルミネはなんとも言えない、苦笑いに近い微妙な表情を浮かべている。多分、僕も似たような表情になっているだろう。
それに、こんなガバガバな確認で大丈夫なのか?
「……まあ、いっか」
「シン? 何か言った?」
「いや、なんでもない」
きっと、元の世界の常識で考えてはいけないのだろう……そう結論づけて、僕は考えることを放棄した。
* * * *
僕達の部屋は、まるでホテルのスイートルームのような広い部屋だった。ここが飛行船の中ということを忘れてしまいそうである。
――ただ、ここで新たな問題に気づいた。
「一つ、いいですか?」
「何だ?」
「全員同じ部屋……なんですね」
「変だったか?」
「変……ではないです」
そう、別に変ではないのだ。
この部屋も高い方と思うのだが、一人一部屋なんてもっとお金がかかる。それを考えれば、これが普通なのだろう。
……普通、なのだろう。
「私、別の部屋取るつもりだったんだけど……空き部屋あるかどうか、ちょっと確認してくるわ」
「……ごめん」
「あんたが悪い訳じゃないでしょ。それじゃ」
ウリエーミャはそう言って部屋から出ていく。どうやら、彼女には僕の言いたいことが伝わったようだ。
「やっぱり、何か変だったのか?」
「僕、男ですよ?」
「あたしは別に気にしないぞ?」
今さらだけど、グラスさんの感覚って少しおかしい。
羞恥心どころか、男女の知識はちゃんと持ってるのだろうか……流石に持ってるか。
そんな失礼なことを考えていると、ポーンという音が船内に響く。
『まもなく離陸します。大きく揺れますので、手すりなどにお掴まりになってお待ちください』
船内アナウンスのようだ。大きく揺れるのは離陸するからだろう。まあ、大丈夫か。
「離陸か……そういえば、飛行船は初めてだろ。外、見るか?」
「僕はどちらでも」
「私は……見てみたい、かも」
「なら、廊下に出るか」
グラスさんの後に続いて、僕とフルミネは廊下に出る。
――ここの通路は片廊下型で、全面に窓ガラスが貼られているため外の景色が一望できる作りになっている。
そして、再びポーンという音が船内に響いた。
『五秒後に離陸します』
そんなアナウンスの後に、グラスさんは「あっ」と何かを思い出すように僕達の方を向いた。
「気をつけろよ」
「え――――うわっ!?」
ドンっと大砲でも撃ち出したような大きな音と揺れ。僕の体はその突然の揺れに耐えきれず、バランスを崩して後ろから倒れる。
しかし、僕が尻餅を着くことはなかった。
「フルミネ、ありがとう……」
「私、バランスは自信あるから……大丈夫?」
「お陰様で」
フルミネに背中を支えられ、なんとか体を起こす。
「グラスさん、もっと早く言ってくださいよ……」
「放送は聞いてただろ?」
「……はい、すみません」
聞いてました。揺れ、舐めてました。自業自得でした。
「――わあ……! シン、見て見てっ」
フルミネの無邪気な声に、僕も窓の外を見下ろす。
――眼下には、王都が、大きな蜘蛛の巣のように地上に広がっていた。




