僕にとっての彼女、彼女にとっての僕
「私の付き人……もう、辞めていいよ」
それは、僕がこれからの話を切り出して、フルミネの口から出た最初の言葉。
僕はこの言葉に動揺せざるを得なかったが、あくまで平静を装って彼女に訊ねた。
「……理由、聞いてもいい?」
"付き人"は僕がフルミネと共にいるための口実だ。しかし、彼女からそんなことを言われるのは想定外だった。
僕はフルミネを独りにさせないと、彼女自身と約束したのだ。
それに、記憶のこともある。だから、理由がどうであれ、絶対に彼女から離れる訳にはいかない。
「分からなくなっちゃったんだ。どうしてここに戻ってきたのか」
また分からないことが増えた。この言葉を聞く限り、僕の記憶が消えて、王都に戻ってきた理由も消えたのだろう。それは分かる。分かるけど、分からない……。
――どうして、僕の記憶と一緒に理由まで消えるんだ……?
「何の話してるのか、分からないよね。でも、もういいの。シンは無関係だからこれ以上巻き込めないし、巻き込むつもりもないから」
そう言って、フルミネは笑った。それはまるで、自分を隠すような貼り付けの笑顔で――――僕はその笑顔が、無性にイラついた。
「僕は無関係じゃない」
「……え? どういうこと……?」
フルミネは僕の言葉に困惑しているようだった。僕の記憶が無いのだから、そうなるのも当たり前だ。
……だからこそ、僕は話す。
「僕はフルミネに約束した。もう、独りにさせないって」
「約束……? シンは、何の話をしてるの……?」
話しても理解されないのって、結構辛い。
「誓い合ったりもした。お互いを守り合おうって」
「……私、知らない……誰の話をしてるの……?」
「フルミネがその体になった原因も、僕は知ってる」
僕がフルミネに向かって一歩だけ近づく。
「――っ」
フルミネは怯えたような表情で、一歩だけ後退る。
一応、その反応も想定はしてたけど、いざやられると心に来るものがあるな……。
「……あ……ごめん、なさい……」
……何故か謝られた。
「フルミネが謝る必要ないよ。だって、怖いでしょ?」
自分の知らない人が、自分のことを知っている。他人には絶対に言っていないことまで。そんなの、怖いに決まってる。
僕の問いかけに対して、フルミネは自分の胸に手をあてて深呼吸をして――。
「シン、ごめんね」
「――っ、やめろっ! 謝るなっ!」
それでも謝ることを止めないフルミネを、僕は怒鳴りつけてしまう。
……僕はそんな言葉を聞きたかった訳ではないのだ。
それにこれは、現状に耐えられなかった僕の、一筋しかない希望に賭けてしまった心の弱さでもある。その賭けも逆効果で、僕はまたフルミネを苦しめている。
――フルミネはそんな僕に向かって、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「……実は、私ね、王都までどうやって来たのか、記憶が曖昧なの……」
そして……僕の胸に、そっと抱きついた。
「……フルミネ、無理しなくていいから」
先程まであんなに怯えていたのに、どうしてこんな行動を取るのか分からない。だから僕は、フルミネが無理をしているようにしか思えなかった。
しかし、フルミネはそのままの状態で話し始める。
「コメルさんに王都まで送ってもらったことは覚えてる。でも、もう一人……私の隣に、誰かがいたような気がする」
「――!? まさか、記憶が……!?」
僕の言葉に、フルミネは首を横に振る。
「ごめんね、いたような気がするってだけなの。でも、それはシンだったんだよね」
それを確信しているかのようにフルミネは言う。
「急に、何で……?」
「一階で、私のこと抱き締めたでしょ? あれ、他の人の目もあって凄く恥ずかしかったし、凄く痛かったんだよ?」
フルミネがジト目で僕の顔を覗き込んでくる。僕はスーっと視線を横に逸らした。
……大変申し訳なかったとは思っております。本当に。
「……あと、凄く安心した……」
「――!」
僕はその言葉に驚いて再びフルミネを見ると、彼女は柔らかく微笑んでいた。
「何でかは分からないけど、私、シンに抱き締められて安心したの。多分、シンのこと、体が覚えてるんだと思う」
……こんなに都合の良い話があるんだろうか。僕はフルミネに一つ、確認をする。
「フルミネ、本当に無理してない?」
僕は心配だった。フルミネが僕に合わせて無理に嘘をついているんじゃないかって。
「無理してるのはシンの方だよ」
「え……?」
僕が無理をしている? そんなことはない。フルミネは何を言っているんだ……?
「……根拠はないよ。でも、今のシンを見てると、私、苦しい……」
そして、フルミネはゆっくりと言葉を続けた
「……さっきは逃げてごめんね。別にシンのことが怖かった訳じゃないの」
「なら、どうして」
「私、人を信じるのが怖かった。また、裏切られちゃうんじゃないかって思って、逃げてた…………でも、シンのことは、これからも信じて良いんだよね……?」
どうして、フルミネから王都に戻ってきた理由が消えてしまったのか、分かったような気がする。
――きっと、僕にとってフルミネが大きな存在であるのと同じように、フルミネにとって僕も大きな存在になっていたんだ。




