そのころ王都では6
……もう駄目かもしれない。
自信が私の一番の長所だったのに、そんな思いが胸をよぎる。
とにかく、すべてがうまくいかない。仕事が多すぎて滞り、誰かに割り振っても仕事量が多くて進まない。それなりに必死にやってきたが、癒しの聖女が微笑みの仮面を投げ捨て、好き勝手にふるまいだしたあたりから、どうしようも出来なくなった。
エルンストを筆頭に人がやめていった時は、まだ何とかなった。癒しの聖女が暴れ出すと登城してくる貴族が減り、醜い姿の者は増えた。
ならば特別に家でも仕事をしていいと言ったが、やはり遅々として進まない。
予知の聖女が言った「国が終わる」とは、こういうことなのかもしれぬ。
最近は貴族の支持さえも失った。
ハズレ聖女だと思っていた女のスキルが素晴らしく、若返りの秘薬と呼ばれている温泉を求めて、たくさんの貴族が北領へ向かった。
そして、契約違反の痛みで苦しんだ。その苦情がすべて私に向けられる。契約破棄をしろというが、あの痛みに誰一人耐えられなかったくせに、私には激痛を乗り越えろと言う。
痛いのは嫌に決まっている。馬鹿なのか?
頭痛がひどい。ハズレ聖女のスキルで、この頭痛も治ったのだろうか。
こめかみを揉んでいると、いい加減なノックの後、私の返事も待たずにドアが開けられた。前ならばこんなことは考えられなかったのに、最近王城の品位が著しく落ちていっている。
「たっ、大変です陛下! 癒しの聖女様が……!」
「……今度はなんだ?」
「しょっ、召喚を……! 聖女召喚のために必要なものを壊しております!」
「何だと!?」
「近付く者はみな醜い姿に変えられ、誰も近づけません!」
「止めろ! 癒しの聖女を止めろ!!」
それだけは、聖女召喚だけはなくしてはならない。
聖女召喚に必要なものは三つ。召喚のスキルを持つ者の血で書いた魔法陣。膨大な魔力。蓄積などのスキルを持つ者が作る、膨大な魔力を溜めておけるアイテム。
魔力蓄積ならば、まれに似たスキルを持つ者がうまれる。けれど、魔法陣だけは駄目だ! 召喚のスキルを持つ者は、何百年も前に一人現れたきり。
今後同じスキルを持つ者が出てくるとは限らない!
「癒しの聖女はここか!? ウッ……!」
早足で癒しの聖女がいる場所へと向かうと、部屋の外にまで醜い姿の者があふれていた。思わず手で口を押さえ、部屋の中を見る。
そこにはもう聖女はおらず、魔力が蓄積されていたアイテムが壊されているだけだった。魔法陣はどこだ……!?
醜い者たちを押しのけながら中へ入ると、うめき声の中に聞き取れる言葉が転がっていることに気付いた。
声が聞こえる方向を見ると、聖女召喚の責任者が倒れていた。
「魔法陣はどうした! 聖女召喚はまだできるのか!?」
「い、やしの、せいじょが……もやし、まし……た」
もやしました……燃やしました!?
「燃やしたのか!? 召喚の魔法陣を!?」
ぶよぶよに膨れ上がった指が、床を指す。そこには、黒い灰があった。
「あ……ああ……ああああああ!!」
絶望と共に崩れ落ちる。膝をしたたかに打ち付けたが、痛みは感じなかった。
聖女召喚が……我が国の強みが消えてしまった。
召喚した聖女は使えるスキルを持つことが多く、それなりに知識もある。女が少ないこの国では、いくらでも使い道があったのに。
「……あの女はどこだ?」
尋ねても、返ってくる言葉はない。先ほどまで話していた者は、腕を投げ出して力なく横たわっていた。
「この城にいるすべての者へ命令する! 癒しの聖女を探し出して殺せ!!」
十回死刑にしてもまだ足りぬほどの大罪だ! 簡単に殺したりなどしない!
「どうしたのだ! 誰か行け!」
……私のまわりには、醜くなった者がうごめいているだけだった。
慌てて部屋を出て、ほかの者に命令する。もう癒しの聖女などではなく、ただの大罪人だと付け加えることも忘れない。
だが、その日から、誰一人として癒しの聖女を見た者はいなかった。




