温泉の詳細
「温泉に惚れ薬などは入っていなかった。三本ともだ。それよりこの詳細を見てほしい」
あれだけ疑っていた惚れ薬を「それより」で片付けたギルは、興奮したまま三枚の紙をテーブルに置いた。三枚の紙には、
<湯に浸かった部分の不調を治す。三日間のみ>
と書かれていた。
「体が回復するように願って出した温泉だから、この効果なのかな」
「感想はそれだけか!? 薬がいらなくなるんだぞ!?」
冷静だったギルがこんなに大声を出すとは、温泉スキルは思っていたよりすごいのかもしれない。この世界での薬の使い方は軽く説明を聞いただけなので、ピンと来ないのだ。
「サキの望み次第で、高価な薬よりもポーションよりも効くものが……エリクサーが作り出せる!」
「おおー、エリクサー。聞いたことがあります」
「それだけじゃない。これは人間にだけ効くとも書いていないんだ。動物にも植物にも……魔物にも、効果があるかもしれない」
「強力な魔物除けとか、温泉をかけただけで消滅するものを作れるかもしれねえってことだな」
「私が過労で倒れてサキさんの温泉に入った三日後、かなり体調が回復していました。よい薬を飲んで養生し、驚異的な回復をしたのと同じくらいに。つまりサキさんの温泉に三日ごとに入れば、重傷者も老人も生き延びられる可能性がある」
「え……」
思ったよりも大事になってきた。
私のスキル次第で、大勢の人が助かる未来がある。嬉しいことのはずなのに、ただのOLが背負うには重すぎる責任に、足がすくんでしまう。
いつの間にか握りしめていた手がレオの大きな手に包まれ、のろのろと顔を上げる。
「大丈夫だ。俺がサキの盾にも剣にもなるから。エルンストもそう思ってる」
「ええ、そうです。私のスキルが、サキさんのスキルを知るべきだと言っています。よりよい未来へつながっていることをお約束しますよ」
「俺の直感もそう言ってる! だけど、サキが嫌ならこれ以上はやめとくよ」
「……二人とも、ありがとうございます。私、自分のスキルを知りたい。助けられる人がいるなら助けたい。そのために……ギル、よろしくお願いします!」
「わかった。女性にはきつい作業になるだろうが、容赦はしない」
キリっとギルが言い放つ。
社畜の根性、見せてやろうじゃあないの!
……と、思っていたのだけど。
「どんなことを思って温泉を出したか書いてくれ。それと鑑定結果を見比べよう」
「いえ、サキさんは言うだけで構いません。私がメモしておきましょう」
「気分は悪くないか? 不調を感じたらすぐに言え。それで大体の魔力残量がわかる。鑑定している間に休めばいい」
「少しでも変だと思ったら、すぐにやめてください。サキさんより大事なものなど、ありはしないんですから」
なぜか、すごく大切にされていた。
ぶっ続けで温泉を出し続けろとか、夜まで休憩なしとか、そういうことを言われると思っていた。
レオは、二階の部屋に泊まれるように掃除中だ。私のスキルが思ったよりも複雑だったために、ギルが泊まる許可をくれたのだ。
私のそばにいると言ったエルンストは、ギルに邪魔だと言われて、あっさりと自分のスキルを打ち明けた。
「私のスキルは”最善”です。よりよい結果を得るために、するべきことがわかります」
「無数の選択肢の中から一番を選べると?」
「ええ。ですが、私の知識や経験を元にしているので、完璧なスキルではありません。鑑定アイテムの扱いに慣れているギルのほうがよりよい結果を生む可能性が高いですが、何かしらの役に立てるかと」
「わかった。手を借りよう」
それからは私をそっちのけで色々と話し合ったりしていた。私はふかふかのソファに座って、エルンストが持ってくれる瓶に温泉を注ぐだけだ。
ギルは瓶を隣の部屋に持っていって、前に出した温泉の鑑定結果を持ち帰ってくる。鑑定アイテムはギルしか触れない。
私がするべきことは、どんな温泉を出すか集中して考えて、鑑定結果と照らし合わせて、工夫することだ。
その結果、様々なことがわかった。
温泉は、怪我や欠損には効果がない。傷をふさいだり、元々ないものを生やしたり取り除いたり、たぶん細くなった血管を戻すこともできない。
体型を変えたり、鼻を高くするとか、そういうことも不可能だ。寿命も変えられない。
ほかにも、温泉を飲んでも効果が出るということがわかった。浸かった場合の半分の効果しか得られないようだけれど、急ぎだとか、すぐに温泉に入れない時にはいいと思う。
温泉を出し続けているうちに、気付けば日が沈んでいた。
レオの掃除はとっくに終わり、直感スキルを駆使して、こうしたほうが効果があるかもとアドバイスをしてくれている。
やがて私のお腹から、きゅるるると鳥のような泣き声が聞こえてきて、今日の鑑定を終了することになった。
恥ずかしすぎて顔があげられない私を、3人ともすごく慰めてくれた。
「……すまない。昼食の時間を大幅に過ぎていた。こちらの落ち度だ」
「サキさんの素晴らしいスキルに興奮して、長く付き合わせてしまいました。本当に申し訳ありません。気分は悪くありませんか? 疲れたでしょうから、マッサージいたしましょう」
「スキルを使うと腹が減るんだよなぁ。レディーはよくスキルをたくさん使ってダイエットしてるぜ。サキは痩せなくてもいいからな」
恥ずかしいけれど、こんなに気を遣わせてしまったのだから、普通にしなければいけない。
顔を上げてなんとか微笑んで、お腹にぐっと力をこめる。またきゅるっと鳴いたのは無視だ。
「今日は思っていたよりずっと楽でした。明日もよろしくお願いします」
お辞儀をすると、3人が目を見張って見てきた。
……お腹の音は、聞こえないふりをしてほしかったな。これだけ鳥が鳴いてると、さすがに無理があるかぁ……。こんな時はスマートに話題を変えるに限る!
「そうだ、せっかくだからギルも温泉に入ってみない?」
「あ、ああ……そうだな。うちには浴槽があるが、薬草を水に浸したりと、違う目的で使っている。まあ、掃除のボタンを押せば使うのに問題ないはずだ」
「よかった! 回復の温泉を出すね!」
念のため出した温泉を鑑定してから、ギルはお風呂に入った。そのあいだ、街で買っていたご飯を用意して、つまみ食いしながらのんびりと待つ。
30分後、お風呂から上がったギルは、湯上りで頬を上気させて言った。
「……温泉は、いいものだな」
こうして一人、温泉好きが生まれたのだった。




