そのころ王都では2
本日何回目か、もはや数えるのも馬鹿らしいほど聞き飽きたノックの音が響く。
こうも頻繁に報告されては何もできないというのに、どうしてそれを察することさえ出来ない者ばかりなのか。
苛々しながら無視していると、執事がドアを開けてしまった。やって来た使用人の話をしばらく聞いていたが、すぐにドアを開け放って迎え入れる。
「陛下、癒しの聖女様からの言伝です」
「……癒しの聖女宛てに、貴族からの貢物が絶えないではないか。これ以上何がいるのだ!」
「癒しの聖女様は、ハズレ聖女をご所望しております」
「またそれか!」
癒しの聖女は、なぜかずっとハズレ聖女に固執している。呼び出して痛めつける直前だったからか、定期的にハズレ聖女を呼べと言ってくるのがうっとうしい。
そのたびに別のもので気を紛らわせているが、だんだんと要求するものが大きくなってきていた。
「癒しの聖女様の言動から察するに、ハズレ聖女の若さと黒髪が羨ましいようです。ずっと黒髪に憧れていたとか」
「そんなことでハズレ聖女に固執しているのか!? くだらん! 適当な令息を与えておけ!」
「それが……癒しの聖女様の本性が広まり、なかなか相手が現れません」
癒しの聖女も、さすがに王族や上流貴族をいたぶるのはよくないとわかっているらしい。
身分的に問題ない令息をねちねちと責め立て、恥辱を与え、それを笑って見ている。ハズレ聖女が出て行ってたったの数日なのに、城に来ない者が出てきた。
癒しの聖女の周囲にいる者も怯えている。何が逆鱗に触れるかわからないからだ。
「癒しの聖女と結婚したくないのかと言え」
「……それが、癒しの聖女様との結婚を諦める者が出ております。次の聖女召喚に賭けるとか」
「ふざけるな! 結婚を辞退することは許さぬ!」
結婚相手が減れば、第一王子まで癒しの聖女の餌食になるかもしれぬ。できるだけ多くの者と結婚させ、悪意を分散させなければならない。
「癒しの聖女との結婚は義務だと伝えろ!」
「……かしこまりました」
使用人がうつむいたまま出ていく。ようやく王としてやるべきことに着手できるのに、一度途切れた集中力はなかなか戻ってこなかった。
結界の聖女は相変わらず一言も話さず、誰のことも視界に入れず一人の世界で生きている。私のことさえ無視をして!
王である私がわざわざ話しかけたのに、存在を無視して跪かなかったあの屈辱は、決して忘れぬ。
予知の聖女はあれっきり口を閉ざしたまま、ぶつぶつと「もう終わりだ」と呟くばかり。
何かを予知したのならそれを伝えて対策を練ればいいのに、それさえしない。ベッドにもぐりこんでいれば嵐は過ぎ去るとばかりに、部屋に引きこもってしまった。
なにを予知したのか不安になる者が続出して、予知を聞き出せない王族に不満の声が上がっている。
「……それに、なぜ急に忙しくなるのだ」
聖女を召喚したとはいえ、本来なら召喚するまでが忙しい。召喚さえしてしまえば、後はあらかじめ選りすぐっておいた令息が聖女を口説くだけ。
そのはずだったのに、仕事は増える一方だ。理由はわかっている。
……あの忌々しいエルンストがいなくなったからだ。
誤算の一つ目は、自分の仕事をエルンストに押し付けていた者が多くいたことだ。
エルンストに仕事を押し付けていた者は、どのように仕事を進めるべきか、誰と連絡を取るべきなのか、全くわからない。
そやつらは愚かではあるが、馬鹿ではない。元々していた仕事をする能力はある。エルンストがいなくなって忙しくなるかもしれないが、それだけで済むはずだった。
まさか、契約書や重要な研究資料などを入れている金庫を開けられる人間がいないだなんて、誰が想像した!?
金庫は数年前に新しく設置したものだ。エルンストは金庫を開ける方法を幾人かに教えていたのに、教えられた人間が、それを覚えていなかったのだ! なんと愚かな!
それが全員私の側近であることがわかった時、怒りで目の前が白くなった。今まで、あれほど怒り狂ったことはない!
開けられない金庫は3つだが、非常に重要な案件に関わるものが入っている。
エルンストを探し出して聞き出さなければいけないのに、未だに奴からの連絡はない。
エルンストに押し付けず、自分の仕事をこなしていた者に被害はないのが、また私を苛立たせる。そやつらは王である私に頻繁に苦言を呈するので、遠ざけた者たちばかりだ。
「魔法で守っている金庫でさえなければ……!」
どんな魔法でも物理でも壊れず、特定の手順を踏まないと開けられない金庫は、国の機密を保管するには最適だ。
その手順さえ知っていれば開けられるのに!
……私は、間違っていない。そのはずだ。
今は混乱しているが、すぐに立て直せる。そう信じて、ぐっと背筋を伸ばした。




