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温泉聖女はスローライフを目指したい  作者: 皿うどん


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一番大切な人

 エルンストにあんなことをされたから眠れないかと思っていたけれど、ベッドに入って瞬きをすると、もう朝だった。

 昨日はお城を出てレオと出会い、エルンストが倒れて初めてスキルを使って、かなり盛りだくさんな一日だったからなぁ。


 伸びをして、エルンストがプレゼントしてくれた化粧品で身支度を整え、下へ降りた。

 服や下着は、お城で使っていたものを持ってきている。置いていったほうがいいと思っていたけれど、エルンストが「使ったものを置いておくと悪用されかねませんので……」と言ったので、全部持っていくことにした。

 使用済みの品を何に使うかわからないが、わからないままでいいと思う。聞くのがちょっと怖い。

 リビングのドアを開けると、レオがもう起きていた。



「おはよう、サキ。早いな」

「おはよう。レオも早いね。メロおじいさんとエルンストさんは起きてきた?」

「いや、まだだ。起きた気配がしないから、まだ寝てると思う。朝飯は簡単なものでいいか?」

「ありがとう、手伝うよ」

「レディーにそんなことさせられるかよ! 座った座った!」



 レオに背中を押されるまま椅子に座り、出してもらったあたたかい紅茶を飲む。

 私がレオの食事代を出さなきゃいけないのに、昨日はいろいろとありすぎたので買い物に行けていない。

 レオが「こんくらい、いいって! そのぶん豪華な飯を期待してるぜ!」と言ってくれたので気が楽になった。レオが好きなものをたくさん準備しておこう。



「お待ちどおさん! これで足りるか?」



 木のテーブルに、次々に朝食が並べられていく。

 ミルクスープに分厚いベーコン。丸くて大きなパンをスライスしたものには、チーズ、バター、ジャムまで添えてある。



「ありがとう! すっごくおいしそう!」

「たくさん食ってくれよ。おかわりもあるからな」

「ふふっ、そんなに食べられないよ。いただきます!」



 木のスプーンですくったミルクスープには、野菜がごろごろと入っていた。優しく、ほっとする味だ。ベーコンは分厚くて、ナイフを使わないと食べられないほど大きい。

 口に入れると、ベーコン特有の脂とスモークの香りが漂ってきた。すごくおいしいベーコンで、夢中で食べてしまった。

 丸パンはどっしりしたハード系だ。ベリーのジャムがよく合う。ベリーの粒が残っているのがとても好み!



「全部おいしい!」

「よかった。もっと食えよ」



 ふたりで和やかに食事をしながら、今後のことを話しあう。

 大まかでいいのでどこに行くか決めて、今日と明日で買い物を済ませなければいけない。王都に長居したくないので、温泉の効果が切れたエルンストの体調次第で、三日後に出発する予定だ。



「これは俺からの提案なんだが、まずはサキのスキルを知ることから始めたほうがいいと思う。この世界では、スキルに人生を左右されるんだ。例えば漁業のスキルを得たとすると、海や川のあるところに引っ越さなきゃスキルを使えないだろ?」

「私のスキルをよく知ると、スキルを発揮できる場所がわかるから、そこに住むのがいいってこと?」

「そういうこと! 俺の友達に、スキルの詳細がわかるアイテムを作ってるやつがいるんだ。ちょっとひねくれてるけど、信用できる奴だよ。サキさえよければ訪ねてみないか?」



 少し考えてみたけれど、答えは最初から決まっていた。

 自分のスキルのことを、もっとよく知りたい。どんな温泉を出せるか、このスキルで暮らしていけるのか、知らなくちゃいけない。



「このご友人さえよければ、行きたい」

「わかった、連絡しとくな」

「そのご友人は何が好きなの? 手土産をもっていかないと」

「んー、アイテム作成に使える貴重なドロップ品とかだな。俺が持ってるのをお土産にするさ」

「いくらなの? その、手持ちが足りなかったら分割払いにしてほしいです……」

「ははっ、そんなのいいって!」

「でも……」



 ソファに座ったレオが笑う。

 レオが笑うと、よく晴れた日に気持ちいい風が吹いたような気持ちになる。



「気にするんなら、サキの三日間を俺にちょうだい。独り占めさせてよ」

「うん、いいよ。あっでも、回復以外の効果がある温泉に入るのは、お友達の家で鑑定してからのほうがいいんじゃない?」

「違うって」



 拗ねた顔をしたレオは、ずいっと近付いてきた。

 ひぇっ、この距離で見てもイケメン……! 肌がきれい!



「誰かを見た時、俺の直感スキルが働くことがあるんだ。重要な人になる、俺に敵意を抱いてる、疎遠になる。そういうのがわかるんだ。サキを一目見た時、俺がどう思ったかわかる?」

「う、ううん」

「サキが、この世で一番大切な人になる」

「……私がこの世で一番大切な人になる?」

「俺は自分のスキルを疑わない。このスキルで今まで生き残ってきた」



 ……レオにとって私が、一番大切になる?

 何回繰り返しても、現実味のない言葉だ。レオが私に惹かれる要素があるとは思えない。



「サキとは少ししか一緒にいないけど、俺にわかることだってある。理不尽な目に遭っても腐らず、一生懸命で、ふんぞり返ったりしない」

「それは買いかぶりすぎだよ」



 そうっと距離を取りながらレオを見るけれど、冗談を言っているようには見えなかった。

 ここで茶化してしまったらレオがとても傷つくのがわかって、ろくに否定もできない。



「この三日が終わったら、エルンストも一緒だろ? その間だけでも、サキと一緒にいたいんだ」

「幻滅するんじゃないかな」

「しねえって! いろんなレディーを見てきた俺が断言する!」



 張り詰めた空気を変えるようにおどけてレオが言うので、つられて小さく笑う。

 こうなったら思いっきり素を見せて、早いとこ幻滅してもらおう。レオがこう言ってくれるのはとても嬉しいけれど、期待しすぎるのはお互いによろしくない。



「じゃあ、さっそく買い出しに行こうぜ! っと、一応隠れといたほうがいいんだよな? 髪の色が変わる指輪をつけてくれ」



 レオが取り出したのは、シンプルな銀色の指輪だった。

 宝物のように左手をとられ、薬指に冷たい輪が通る。ぶかぶかだった指輪がきゅっと縮まって、指にぴったりの大きさになった。

 な、なぜ左手の薬指に指輪を……?



「サキは茶色い髪も似合うな」

「あ、ありがとう……」



 まっすぐな誉め言葉には慣れていないので照れてしまう。

 じっと見つめられ、勝手に顔が熱くなっていくのに、レオは目をそらしてくれない。



「め、メロおじいさんとエルンストさんは起きたかな? 挨拶してから買い物に行こうよ」

「まだ寝てる気配がするな。昨日メロじいは興奮しまくってたし、エルンストも温泉に入ったとはいえ倒れたばっかだ。寝かしといてやろうぜ」



 そう言われると、わざわざ起こすのも気が引ける。ふたりの朝ご飯と昼ご飯を作ってから、メモを残して出かけることにした。


 外に出ると緑が眩しく、日差しがやわらかでちょうどいい気温だった。

 そういえば、王都をこんなふうに歩くのは初めてだ。もう来ることはないだろうし、最初で最後の観光を楽しもう!





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