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(死って……)


 祈は、呆然とする。

 鏑が取ろうとしていた方法は、祈が知る警察像からは想像も出来ない――真逆に位置する手法だ。


「ふざけんなよ! 拉致監禁した挙げ句、俺を殺す気とか……!」

「うん、そうだよねー。ふざけてるよねー?」

「獏間さん、アンタはまたそんな、軽い調子で! ――そもそも、なんで警察が民間人を!? どうなってんだよ、法治国家! 国家権力の闇か!」

「いや、坊主。落ち着け。――お前は今、マズい状況なんだよ」

「笹ヶ峰!」


 疲れた調子で口を開いた笹ヶ峰を、厳しい声で鏑が呼ぶ。

 祈が最初に予想したとおり、警部である鏑の部下が笹ヶ峰なのだろう。

 そして、今のは黙れという命令なのだろうが――笹ヶ峰は首を横に振った。


「鏑さん、そもそも俺は坊主を保護するためにここに連れてきたんです。誤解されて忌避感もたれると、守るものも守れない。一切の情報を与えないっていうのも、無理です。コイツの保護者は、ご覧の通り悪食探偵ですからね」

「――……民間の探偵に、なにが出来る」

「獏間は本物です」

「笹ヶ峰、〝特異〟を正しく管理できるのは我々だ。お前も分かっていると思ったが?」

「だからって、前途ある若者を犠牲にすることを、是とするわけにはいきません」

「呪いは正しく管理し、監視し、処分する必要がある! くだらん情に流されて、正しさを見誤るな!」


 ああ、苛々する。

 ふと、祈は思った。


(なんで俺の生き死にを、アンタが勝手に決めるんだよ)


 ――自分に関係のあることなのに、情報は与えないが言い分は全部聞き入れて従えとでも言いたげな鏑に、腹が立つ。


 祈は、祈自身のものだ。

 生き死にを決めるのは、他人ではない。

 それなのにどうして?

 鏑は自分が絶対だとばかりに祈の命を好きにしようとするのか。


(気に入らない)


 この、鏑という男は――。


 ぐっと不快感が渦巻く。

 それが、胃から喉へとせり上がってきて。


「……っ――ぁ……」


 とっさに口を押さえたが間に合わない。

 ぽたり。

 滴が、床に落ちた。 


 ぽた、ぽた、ぽた。


 指の間から、後を追うように次々と滴が落ちる。

 たちまち、床にはいくつもの赤い滴が散った。


(赤……花みたいだ)


 足下に出来た赤は、まるでそこに花が咲いているようで。


 ――みぃつけた。

 

 声が聞こえた。


 ぽたぽた。

 ひたひた。

 ぽたぽた。

 ひたひた。


 赤い水が落ちて花が咲く音と、誰かの足音が重なって聞こえる。

 どんどん、どんどん。

 それが近くなる。


 ――ほぉら、もうすぐ――



「スズ君!」

「っは……!」


 肩を揺さぶられて、祈は自分が倒れ込んでいたことに気付いた。

 獏間がしゃがみ、動けないでいた自分を抱え込むようにして顔をのぞき込んでいる。


「ば、ばく……」

「話さなくていいから、ゆっくり息をするんだ。そう、ゆっくりだ」


 言われたとおり、呼吸を繰り返す。

 やけに心臓の音が速く大きい。

 どくどくと、頭の中にまで音が反響し、キリキリと糸でしめつけられるような痛みが広がった。


「そのまま、深呼吸を続けて。……大丈夫、今はもう、いなくなったから」


 ああ、そうか。

 いないのか。


 疑問を持つ前に、そんな風に納得してしまった自分に驚く。

 だが、今はこの訳の分からない不調をなんとかするのが先だった。


「いいね? 呼吸を繰り返すんだ。……ゆっくり、ゆっくり……」


 獏間の声を聞いているうちに、だんだんとまぶたも重くなってくる。


(おかしい。なんで、眠いんだ? こんな、急に……)


 だが、祈の体は休息を欲しがっていた。

 まるで、重労働の後でもあるかのように――なにをしたわけでもないのに、酷く疲弊していて、祈は眠りに誘うような獏間の穏やかな声に逆らうこともせず、そのまま素直に目を閉じた。

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