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息が苦しい。
足が重い。
自分の荒い呼吸が、頭の中まで反響する。
でも、止まらない。
止まってはいけない。
はやく、はやく、はやく――はやく、しないと。
はやく見つけないと……アレに追いつかれてしまう。
どこ?
どこ?
どこ?
はやく、はやく、はやく。
苦しい。もう苦しくて苦しくて仕方ない。
どこにいるの?
そこにいるの?
アレが来る、アレにつかまる、その前に、はやくはやくはやく――。
「――っ!」
息苦しくて、目が覚めた。
全力疾走した後のように荒い呼吸を繰り返している自分を不思議に思いつつ、祈は体を起こす。
「……なんだ、ここ?」
消灯し、窓にはカーテンが引かれている、薄暗い室内だった。
だが、暗いと感じる理由は、それだけではないだろう。
カーテンの隙間から日差しが入ってこない。
(夜……ってほどではないけど、夕方くらいか)
薄暗くなってくる時間帯を想像し、渋い顔になる。
一体全体、なにがどうなっているのだろうか。
寝起きのせいか……なんだか頭が上手く働かない。それでも祈は状況を把握するため、ぐるりと視線を動かした。すぐ横を見ると、テーブルと、一人がけ用のソファが二つ対面にあるのが見える。
通常、こういうセットがある場所は……。
「応接室……?」
だが、一体どこの?
働き始めた頭が、疑問符を浮かべる中、ようやく自分が今までどこに寝かされていたのかにも意識が向く。
応接室のような場所という祈の予想通り、室内に並ぶ調度品はそれらしい物ばかりだ。
祈が横になっていたのも、対面にあるソファと同じデザインの――だけど、こちらは少しだけ長さがある、ロングソファの上だった。
(……なんでこんな所に?)
起き上がろうとして、ずきっとみぞおち辺りに痛みを感じる。
再び、なんで? と思って――じわじわと記憶が蘇ってきた。
「――っ」
そうだ。笹ヶ峰刑事だ。
訳の分からない脅し文句のあと、えいとやられて、気がついたら見知らぬ場所。
(なんだって、こんなこと……)
騒がれるのを嫌った?
いや、違う。
笹ヶ峰は、とにかく場所を移したがっていた。
それも、急いで――まるで、誰かに見つかることを避けるように……。
(……獏間さんを、避けた?)
そういえば笹ヶ峰は、わざわざ自分がひとりの時に現れたと思い出す。
獏間が対応に追われて手が放せない時、祈に声をかけてきたのだ。管轄外の刑事が、旧知を心配してやって来たという理由なら、獏間を待たないのはおかしい。
(とにかく、獏間さんに連絡を……)
そう思って、ハッとする。
パタパタと自分の服のあちこちを触ってみるが……。
(ウソだろ……)
ないのだ。
慌てて探してみたが、自分のスマホも財布もなくなっている。
(おい、必需品を取り上げるとか……完全に誘拐の手口だろ!)
ドラマなどで見る犯人の手口に相当することを、現職の刑事がやるなんて……笹ヶ峰の行動理由が分からない。
(でも、理由もなくこういうことをする人じゃない、はず……)
少なくとも、祈が知っている笹ヶ峰という刑事は悪人ではない。
ここでうだうだ考えても分からないのならば、笹ヶ峰に聞くのが一番だ。
そのために、なにをするべきか考えれば。
「……出るか」
この部屋で、出ない答えに苛々しつつ、いつ来るとも分からない相手を待つよりも、探しに行って問い質した方が早い。
そう思って、祈は歩き出そうとして――冷たい感触にハッとした。
靴下はそのままだが……肝心の靴がない。
「靴も取り上げるとか……誘拐の上に拉致監禁じゃねーか」
だが、別に地面を歩くわけではない。
屋内ならさほど危ない物も落ちていないだろうと判断した祈は、さっさと部屋を出ることにした。




