50
赤色灯を回転させるパトカーと、規制線で囲まれた事務所。階段を忙しなく昇降する警察関係者。
そんな光景を、線の外側から眺めていた祈は、ぽんと肩を叩かれ我に返った。
「よぉ、久しぶりだな坊主」
「え? あ、ども、笹ヶ峰さん」
以前、世話になった強面の刑事笹ヶ峰が本日も仏頂面で立っていた。
(なんで、この人が?)
祈が知る、笹ヶ峰の情報は多くない。
だが、知る限りのことを合わせれば、笹ヶ峰もまた特殊な事件を扱う刑事だ。
それが、なんでこんな所にいるんだろうと首を傾げる。
なじみの事務所に、いきなり飛び込んで騒ぎ立てた人が急死しした。
この情報を警察無線かなにかで知って、旧知である獏間の身が心配になったのだろうか。
祈がそんなことを考えていると、笹ヶ峰は仏頂面のまま祈を頭のてっぺんからつま先まで眺め回した。
「……? なんっすか?」
じろじろと見てくる笹ヶ峰の顔には――気の毒に、という同情を意味する文字が浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返している。
「……いや、な。お前……」
笹ヶ峰は、ためらうように言い淀む。
それから、大きな大きなため息を吐き出した。
「ほんっとうに、不運な奴だな」
「は?」
「一緒に来い」
脈絡がない。
そもそも、どうして笹ヶ峰と一緒にいくのか。
「あ~、でも獏間さんがまだ……」
所長である獏間は事情説明のために、警察と話しているのだ。
だから、終わるまでは動けないと祈が首を横に振ると、笹ヶ峰は険しい顔で首を横に振った。
「獏間はいい」
「え?」
ますますおかしい。
獏間は笹ヶ峰と協力関係にある。彼がいなくてもいいなんて、一体全体どうなっているのか。
「後で説明するから、今は黙って俺について来い」
知らず知らず真意を探るように彼の顔をじっと見てしまった祈だが、それを遮るように大きな手に頭を掴まれ、ぐっと下に押された。
力に逆らわずにいれば、視界は笹ヶ峰の顔から外れ、アスファルトを見るしかない。
祈の頭を抑えた笹ヶ峰は、祈の頭を抑えたままある方向へ引っ張っていこうとする。
「なっ、ちょっ、待っ……!」
さすがに横暴だ。
祈が抵抗しようとした時、笹ヶ峰の低い声が剣呑な言葉を紡いだ。
「次は、お前さんが死ぬ番だ」
――なんなのだ、その物騒な脅しは。
驚いて、思わず抵抗が止まる。
「悪いな」
その隙に、腹部が突き上げられ息が詰まり――鈍い痛みが意識を侵食した。
(……ウソだろ)
歪む視界、遠くなる音。
これは、気絶というもので……もしかしなくても、自分は刑事であるはずの笹ヶ峰から拉致されそうなのではないか。
気付いた時には全て遅く、祈は直後に意識を手放した。




