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(なんでこんなことになったんだろう)
祈は遠い目をして現実から逃げたくなったが、そうもいかない。
(さっきから、圧がすごい……)
目の前に仁王立ちする男のせいで、心は悲鳴を上げっぱなしで逃避する暇もないのだ。
「おい、悪食探偵。一体なんの用だ」
仁王立ちする圧のすごい男とはすなわち、笹ヶ峰刑事だ。
獏間は祈の相談を聞いた後、名案があると言ってどこかへ電話をかけ……そして、笹ヶ峰を事務所へ呼び出したのだ。
「こっちは暇じゃねぇんだが?」
当然、笹ヶ峰の機嫌は悪い。
いや、この刑事が上機嫌なところなど、祈は見たことがないのだが。
「柄が悪いなぁ、笹ヶ峰刑事は。用があるのは僕じゃなくて、スズ君だよ」
「あぁ?」
笹ヶ峰の鋭い目が、祈の方に向けられる。
「忙しいところ、すみません」
間髪入れず頭を下げると、その目が少しだけ和らぐ。
「なんだ、坊主か。どうした?」
「あの、笹ヶ峰さんは、変わった事件を扱う部署の人だって、獏間さんが」
「まぁ、そうだな。それで?」
「十年前に、この町でそういう系統の事件はなかったか、聞きたかったんすけど」
束の間和らいでいた笹ヶ峰の視線が、再び鋭くなる。
若干の険しさすら含んでいて、祈はやっぱり無理だったかと冷や汗をかいた。
「すんません! 秘密ですよね、そういうのは!」
「なんだって、そんなことを知りたがる?」
「スズ君は、十年前に事故に遭ってるんだよ。で、それ以前の記憶がすっからかん。だけど、こうして僕の助手が務まるくらいの特異体質だ。当時の事故にもなにかあったんじゃないかって、調べたがっているのさ」
獏間はニコニコと笑顔で、流ちょうに語る。
「あ、羊羹食べる?」
ついで、新しい羊羹を笹ヶ峰に向かってちょいちょいと振って見せた。
「……賄賂のつもりか」
「まさかー。善意だよー。いらないなら、僕が食べるからいいさ」
「うさんくせぇ」
吐き捨てた笹ヶ峰は、獏間を放置し再び祈をにらんだ。
視線が戻ってきて、祈はぴしっと居住まいを正す。
「おい坊主。お前、これから時間あるか?」
「え、ぁ、はい」
「じゃあ、ちょっと付き合え」
突然の誘いに、獏間は羊羹の包装を解こうとした手を止めた。
「あ、じゃあ、僕も行く」
「お前は呼んでねぇよ!」
「笹ヶ峰刑事、この子は僕の助手だよ。雇用主として、ちゃーんと面倒を見ないとね!」
「……お前に、面倒見なんていうモンがあったとは、驚きだよ」
嫌そうに笹ヶ峰が言うものの、どこ吹く風で獏間は頷いた。
「そうだね。僕もだよ」
「――っ」
その返事は予想外だったらしい。
笹ヶ峰は驚いた表情を浮かべると祈と獏間を見比べる。
それから舌打ちすると「ふたりともさっさと来い」と事務所を出た。




