40
「ねぇ、祈君はバイトが休みの日とかなにしてるの?」
十一月という、特に目新しいイベントがない静かな月に突入して半分。
依頼以降、子どもの頃と同様によく話しかけてくれるようになった蛍に聞かれて、祈は首を傾げた。
「え、寝てる」
「うわ、不健康!」
「あー、じゃあ、家の掃除」
「じゃあってなによ、じゃあって。……家って、祈君まだあの叔母さんと……」
「今は一人暮らし」
「そうなんだ!」
目に見えて明るい表情になった蛍に、祈はふと気になったことを聞いてみる。
「なぁ、けーちゃん。昔さ、変だって言ったじゃん、俺のこと」
「あ、あれは……本当に、ごめんね」
「いや、責めてるわけじゃなくてさ……なんつーか、珠ちゃんのことも……」
「ヤキモチだったの」
蛍は首を横に振る。
「祈君の叔母さんが、祈君のこと独り占めしているみたいで、それですごく嫌な気持ちになって、それをキミにぶつけちゃったんだ。本当に、ごめんなさい」
「いや、アレは俺が悪かったから。けーちゃんが謝ることじゃない。……てか、珠ちゃんと話したことあったっけ?」
蛍は少しだけ困った表情を浮かべた。
顔にはじわじわと文字が浮かぶ。
〝……どうしよう……〟
なにかを迷っているような文字だ。
「ごめん。困らせる気はないんだけど……もしも、俺が知らないうちに色々やらかしてたらって思って」
「違うよ! ノリマキは全然! ……じゃなかった……えっとね、祈君はなにも」
自分は、ということは――珠緒はどうなのだろう。
なぜか嫌な予感を感じつつ、祈は渋る蛍に聞いてみた。
「珠ちゃんが、なにか言った?」
ハロウィンに友だちと参加すると伝えたときの珠緒。
その時の様子を思い出した祈が渋い顔をすると、蛍は申し訳なさそうに……けれどはっきりと頷いた。
「……ごめんね、祈君の叔母さんの悪口みたいになるけど――祈君に近づくなって言われた。身の程を弁えないと不幸になるぞって」
「――っ」
「アタシ、今でもあの人のことは嫌い。祈君のことが大事なのは分かるけど、行き過ぎだって思ったもん。……だから正直、キミが家を出たって聞いて、安心してた。ごめん」
「いや、俺こそ、なんにも知らないで……」
これも、今まで繰り返してきた後悔と同じだ。
きっとあの時、しっかりと蛍の顔を見ていたら、気付いていた事実なのだ。
逃げないで、向き合っていたら――。
十月のあの日、蛍は変わりたい成長したいと言っていた。
そして今、こうして一度は仲違いした自分とも新しい関係を築こうと話しかけてくれる。
――だったら、自分はどうしたいのか。
祈のなかで、ある思いが芽生えた。
「ありがと、けーちゃん。話しにくいこと、話してくれて」
「……嫌な気持ちにさせたでしょ」
「いいや。……多分、俺には必要なことだったから。こっちこそ付き合わせてゴメン」
「必要なこと?」
「……うん」
やりたいことが、見つかった。
――いや、正しくは……やらなければいけないこと、だ。
『呪われているよ』
出会った頃に聞いた、獏間の声。
それが、祈の頭の中に響いた。




