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悪ジキ〜その探偵は悪を喰い助手は悪を識る〜  作者: 真山空
弐 幼なじみを狙うモノ
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 翌日、蛍はお詫びだといいお菓子とブラックコーヒーを持って事務所にやって来た。


「こっちは所長さんに。で、こっちのコーヒーはノリマキに」

「おぉ! これは駅前のケーキ屋で午前中のうちに売り切れると言われている、ジャンボシュークリーム! いやぁ、大路さん、申し訳ない。かえって気を遣わせてしまったようで。――ありがたくいただきます!」


 目を輝かせた獏間に、遠慮の文字はない。

 ジャンボという名前に相応しく、両手でないと持てないサイズのシュークリームを「芸術的!」と褒め称えたあと、かぶりついた。


「友だちのこと、どうだった?」


 喜んでいる獏間をよそに、祈が蛍に声をかけると彼女は少しだけ寂しそうに「うん」と呟いた。


「やっぱり、会うのは無理だって。……ただ、特別に手紙はもらったよ。本当に、あの子の字だった。――馬鹿なことして、ごめんねって。変だよね、謝ることなんてないのに。謝るのは、アタシなのにさ……」

「それは違う!」

「そうですよ、大路さん。ご友人は、貴方を責めてはいない。それなのに、貴方が自分を責め続けていては、報われない」

「…………ぁ」


 祈が否定すると、シュークリームに気を取られていると思っていた獏間も大人の顔で蛍をたしなめた。


「きっと彼女は、もう自分を許してやれと言いたかったのでしょう。――そもそも、初めから傷つけられた親友の恨みなど存在しなかったのだから」

「……はい」


 獏間に静かな口調で諭された蛍は、浮かんでいた涙を拭って、しっかりと頷く。

 ああ、これで彼女はもう大丈夫だなと祈は思う。

 あの、痛々しい文字はもうどこにも見えないから。

 安心すると、別のことが気になった。


「でも、最後の抵抗に書き換えたって言う遺書は、なんで漠然としてたんだ?」


 残された遺書の内容だ。

 どうやら本当は実名記載で、もっとえげつない内容になるはずだったらしい。

 けれど偽装された遺書は名前を伏せて、失恋を匂わせるものになった。


「るりちゃんね、アタシのこと友だちって言ってくれたんだ。幼なじみの彼に紹介してくれたときも、大好きな親友だって言ってくれて……――るりちゃんは、自分の好きを大事にする子だったの。本も食べ物も、友だちも、家族も……だから、そんな色んな好きを……波柴さんの悪意に汚されたくなかったんだと思う」


 だからこそ、彼女は最後に抗って死んだ。蝕む悪意に身を任せればもしかしたら……もう少し生きていられたかもしれないけれど、自分の核である部分を汚されることをよしとしなかった。

 手紙に書かれていた内容からの推測になるけれどと呟いた蛍は、やがて苦笑いを浮かべた。


「さすがに、都合がよすぎるかな……」

「いや――それでいいと思う。けーちゃんのための書かれた手紙をけーちゃんが読んで感じたんなら、きっとそれが正解なんだよ」


 祈ならば、高岡 るり本人と会えばその本心を暴くことができる。

 だが、そんなやり方で得る真実よりも、今こうして離れた親友に思いを馳せて考える蛍の答えのほうがずっと正しいように思えた。

 祈が頷いていると、蛍もまた「うん」と小さく頷いた。


「るりちゃんは、強い子だよ。だから……アタシも次会うとき、恥ずかしくないようにしないと」

「ん?」


「ノリマキ、獏間さんも……ありがとうございました! 本当にお世話になりました……!」


 蛍は深々と頭を下げる。

 それから、顔を上げた彼女の表情は笑顔だった。


「アタシ、変わろうと思う……見た目だけじゃなく、中身も。だから、ノリマキ呼びは今日でおしまい」

「え、どういうこと?」

「見た目は可愛く、でも……中身はもっと、強くならなきゃいけないって思ったの。成長したいって――だから、今からキミのことは、祈君って呼ぶから」

「……は、え?」

「それじゃあ、今日はこれで失礼します。あ、祈君!」


 ニコッと笑った蛍は、スカートの裾を翻し事務所のドアを開く。


「アタシ、誰に告白されても、断ってるんだよ。――ずっと前から、好きな人がいるからって。……じゃあ、また大学でね!」


 ポカンとしていた祈は、獏間が笑い出したことで我に返った。


「なんか、今日のけーちゃん嵐みたいでしたね」

「女は強しというからね。これくらいじゃないと」

「そっすね。友だちのこともあるし……よかったっすね」

「そう思うかい? 一生会えなくても?」

「……そうなんっすか?」


 いつの間にかシュークリームを食べ終わった獏間はイスの背もたれに寄りかかる。


「友だちは生きていた。それは嘘だよ、スズ君。大人が使う、方便さ」

「は? いや、だって、現にけーちゃんは、手紙をもらったって……」

「笹ヶ峰刑事は、昨日ぽろっとこぼしていただろう。自分が所属するのは特殊な部署だと。僕が変わり種専門で、そんな僕に助力を求めてくるということは、彼もまた変わり種の事件を捜査する警察というわけさ。……そういう特殊な人間が勤める部署には、死んだ者の声を聞ける人間や、魂を一時的に自分の体に降ろせる人間もいる。……大路さんが受け取った手紙は、その産物だろう」

「そんな……! じゃあ、なんで笹ヶ峰さんはけーちゃんの友だちが生きてるなんて嘘を……」

「波柴を揺さぶるためと……あとは、大路さんを立ち直らせるためだろう。彼女には、優しい嘘が必要だと思ったからじゃないか? 彼はアレでいて、随分と人がいいから」


 祈は昨日、笹ヶ峰の顔をよく見ていなかった。

 もしかしたら、彼に注視していれば気付いた真実かもしれないが……。


「スズ君は、この嘘を暴くかい?」


 今すぐ追いかけて、蛍に伝えれば――その想像を、祈は首を横に振ることで否定した。

 だって彼女は、親友の手紙をいつか会えるかもしれないという希望の導にしてしまった。

 それを支えに歩き出そうとしている蛍に、こんな真実は伝えられない。

 彼女の正解は、自身で出したあの答えで充分だろう。

 だから――。


「できねーっす」

「そうかい。僕も、それでいいと思うよ」


 獏間が頷くのを見た祈は、蛍が差し入れてくれたコーヒーに口をつける。

 喉に流しこんだ苦みは、次第に消えていく。

 祈はふと、こんな風に胸の中に残った僅かな苦みもこのまま消えてくれたらいいのにと思った。

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