表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪ジキ〜その探偵は悪を喰い助手は悪を識る〜  作者: 真山空
弐 幼なじみを狙うモノ
39/86

37


 バシンッ!


「――っ」


 祈に振り下ろされた手は思いのほか強く、重い音を響かせた。


(なんだ、これ……! 馬鹿力かよ!)


 バチンと軽い平手打ちならば、祈だって耐えられた。

 だが、女子とは思えない力で思い切り頬を打たれたら、話は違う。

 祈の目の前では火花がちり、視界がチカチカして数歩よろける。


「なんて言った? お前、今なんて言ったぁっ!? アタシが可哀想? ふざけんなよ! アタシは勝ち組なの! アタシはいつだって一番なの! アタシが世界の中心なの! それを、可哀想だぁ!? ふざけんなっ、お前も異物だ! 消えろ、消えろよ!」


 そこへ、追撃とばかりに波柴が爪を立ててくる。

 もみくちゃになり倒れる祈に馬乗りになった波柴は、ピンヒールを脱ぎ武器のように振り上げてきた。

 さすがに、このまま振り下ろされたら流血待ったなし。

 最悪死ぬんじゃないだろうかと冷や汗をかく祈だが、波柴にはまったく躊躇う素振りがない。

 その理性など捨て去ったような様は、以前のバイト先の店長に重なった。


 これが、悪意というモノなのだ。


(俺が突けばすぐに爆発するって、獏間さんの言うとおりだったな)


 人の心の声など見えないほうがいいと思っていた。

 悪いモノなど余計に。

 けれど、この目でかつて仲違いしてしまった幼馴染みの助けになれるのなら――。


「何度でも言ってやるよ。アンタは可哀想だ。――もっとも、同情の余地はないくらい、嫌な奴だけどな!」


 振り下ろされたヒールを掴んで、祈は叫んだ。

 波柴の顔が、見る影もなく歪み、吠えた。


「お前ぇぇぇぇっ!!」

「はい、そこまで~」


 場にそぐわない、のんびりとした声が制止に入る。


「これ以上、ウチの助手をボロボロにされたら困るんだよね~。というわけで、強制的に止めさせてもらうよ」

「な、え、ちが」


 スマホを構えた獏間が、建物の影から出てきたのを見て、波柴は挙動不審になる。

 ヒールも地面に転がり、祈もほっと身を起こした。


「ノリマキ……!」


 しかし、獏間の後ろから蛍が飛び出してくると、波柴の顔は再び怒りでいっぱいになった。


「蛍、よくも……!」


 転がったピンヒールを再び手に掴むと、思い切り、蛍に向かって振り上げる。


「けーちゃん!」


 祈は思わず、蛍をそばに引き寄せて庇った。

 ――ただ、覚悟していたような痛さは、いつまでたっても襲ってこない。

 恐る恐る目を開ければ……。


「やれやれ……。他人の不幸は蜜の味だった僕が、他人の危機に黙っていられなくなるとは……これも、飯の種のためなのか?」


 獏間がぼやきながらも、波柴の腕をしっかりと掴んでいた。

 

「は、はなせ!」

「お断りだね」


 女子とは思えない力を出していた波柴でも振りほどけない獏間の拘束。


「アタシに勝手に触って、ただで済むと思わないでよね!」


 自力では逃げられないと悟った波柴は、今度は獏間を脅そうと目論んだようだった。だが、獏間は見下したような冷笑を浮かべ平然としている。


「へぇ? さっき、ウチの助手を脅していたみたいに、足でも舐めろというのかい? いいね、言ってごらん。――その代わり、ウチの助手を脅していた映像も、その後の乱心ぶりも、ネットで全世界に公開してあげよう」


 ぴくりと、波柴の表情が引きつった。


「ネット……?」

「もしかしてウチの助手をいたぶるのに夢中で、気付いていなかったのかい? 僕は、そちらの脅迫と暴行の現場を、バッチリと撮影しているんだよ。――証拠、欲しがっていただろう? 望んだ通りかな?」


 腕を掴んだまま囁く獏間の笑みは、端で見ている祈も背筋が凍った。

 得体の知れない凄みというか――常の獏間のそれよりも、なにか……怒りのようなものを感じる。

 ぐっと波柴の腕を掴む手に力を込めた獏間。

 ガタガタ震えだした波柴の顔には怖いという文字が一面に散っていたが、それがゾゾゾと動き出した。


 食べる気だ。


 そう思った祈だったが、獏間は波柴の顔をのぞき込むと、ニタリと笑った。


「そうだな――波柴 理惠……お前には、相応の罰を与えよう」

「出来るわけないでしょ! すこしふざけただけじゃない! あんたたちがなに言ったって、パパに言えばどうだってなるもの! だって、アタシが中心なんだから!」

「狭い世界の道化だね。頼みの綱であるパパでも、どうにもならない領分がある。お前はすでに、その領分にどっぷり漬かっているんだよ。人が越えてはいけない線を、容易く越えたその瞬間から」

「な、なに?」

「隠れてないで、出てきたらどうだ。笹ヶ峰刑事」


 獏間が声をかけると、渋い表情を浮かべた中年刑事が顔を見せた。


「隠れていたわけじゃない。お前が呼んだんだろ」

「ああ、そうだったか? それより、どうだった、例の件」

「……高岡 るりが、証言した。波柴 理惠に、常に監視され悪意ある言葉を聞かされ続けた。親友に彼氏を取られたという嘘の遺書を書かされそうになり、抵抗した結果、波柴 理惠に突き落とされた、とな。その時見たのは、たしかに波柴 理惠に間違いないと言っている――波柴 理惠の生き霊だと」


 高岡 るり。

 その名前に反応したのは蛍と波柴だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ