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悪ジキ〜その探偵は悪を喰い助手は悪を識る〜  作者: 真山空
弐 幼なじみを狙うモノ
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「いやはや、結構」


 一声と共に、パンと獏間が手を叩く。

 視線を自身に集めた彼は、笑みはそのままに蛍を見下ろした。


「やっと本音でお話してくれる気になりましたか、大路さん」

「え……」

「死ぬなんて思わなかった?」


 恐慌状態で叫んだ言葉を反芻された蛍は、ハッとしたように自分の口を押さえる。

 それから祈と獏間、ふたりの視線を気にするかのように目を泳がせ、何度も首を横に振った。


「ちが、違う、違うの……アタシはなにも――」

「なにもしていない? なにも知らない? 違いますよね、大路さん。貴方は、自分に原因があるからこそ、幽霊にストーカーされていると思ったんだ」

「アタシは……」


 口元に笑みを浮かべる獏間から逃げるように、蛍の視線が祈を捉えた。


「ノリマキ……」


 心細そうに、その目が揺れる。

 そして、また文字が。

 自分を責める蛍の声が、文字になって彼女に刺さる。


 〝――アタシのせい〟

 〝――アタシが友だちになりたいなんて思ったから〟

 〝――アタシが近づいたりしなかったら〟

 〝――アタシが無神経だから〟


「やだ、やめてよ、ノリマキまで、アタシのことそんな目で見ないで……!」

「けーちゃん?」

「……変わりたかった、アタシ、変わりたかったの! 変わりたくて、なにが悪いの!?」


 そんな風に口では言いながらも、蛍は自分を責めている。


 〝アタシがアタシじゃなかったから、きっとあの子を傷つけたりしなかったのに〟


 逃げるような言葉を吐き出しながら、心の中ではそんな自分を罰している。誰かに罰されたいと思っている。だって、自分が悪いからと。なんて息苦しい生き方だろう。なんて痛々しいやりかただろう。

 変わることが悪いなんて、そんなの――。


「悪くない」


 祈が吐き出した言葉は、思ったよりもずっとよく響いて――ぴたりと、蛍が動きを止めた。


「誰かに言われたからとかじゃなくて、自分で思ったんだろう? だったら、悪いことじゃない」

「ノリマキ……? だって、アタシ、変わって――こんな、みんなに、嫌われる女に……」


 蛍は泣いていた。

 涙でぐしゃぐしゃの顔で、心のままに話しているんだろう。

 痛々しい文字も、恐れるような震える文字も、どこにも見えない。

 ただ、子どものように泣きじゃくる幼馴染み、祈は視線を合わせて笑いかけた。


「俺はさ、昔馬鹿やって、こじれちゃって、けーちゃんとはそのまんま離れたけどさ……あの頃のみんなのリーダータイプのけーちゃんのこと、好きだった」


 誰に対しても分け隔て無く明るい蛍は、祈にとっても憧れだった。

 だが……。


「でも、今のけーちゃんのことも、好きだな」


 蛍が、ゆるゆると双眸を大きくする。


「昔と変わってない所を見つけるとやっぱ嬉しいし、懐かしいって思うけど、それってさ、今のけーちゃんのことが好きだからこそだと思うんだ。……けーちゃんが、コンビニの前で俺のこと無視してたら、ぜってーこんな風には思わなかったから」

「なに、それ……」

「俺は今も昔も、けーちゃんが好きってこと」


 ハロウィンのことで彼女を傷つけた時、おかしいと言われて気にする程に――あの頃の祈は蛍のことが好きだった。今だって仲違いした過去を流し、普通に接してくれる状況を喜んでいた。

 昔も、今も――。


「昔みたいに、みんなの王子様じゃなくても?」

「ん。王子様でもお姫様でも、けーちゃんなら好きだ」

「っ、のりまきぃ……!」

「おっと」


 抱きついてきた蛍を受け止める。


「だからさ、けーちゃんが困ってるなら力になりたい。助けてくれって言ってくれるなら、全力で助ける」


 ――思い返せば、蛍は、祈にとって……少なくとも、()()()にとって初めてできた友だちだったから。


「助けたいから、話してほしい……一体、なにがあったのか」

「……っ……」


 抱きついていた蛍は、パッと離れた。

 迷うように揺れる蛍の目。祈は頬を挟むと、しっかりと目を合わせる。

 怖くない。大丈夫だと。


「俺……は、いまいち頼りなくて信じられないかもしれないけど、獏間さんは……あれだ。変わり種専門の、名探偵なんだからさ。――ですよね、獏間さん」


 祈が顔を上げると、獏間は目を細めていた。


「……きみは」

「で・す・よ・ね?」


 なにか言いかけた獏間に、再度強めに問いかける。

 すると、獏間 綴喜は苦笑して頷いた。


「そうだね。ウチは、変わり種専門の探偵事務所だ」


 祈と同じように、蛍の目線にあわせるように膝をつく。


「ウチの所員は、優秀だ。大路さん、今、貴方が目にした通りに」

「……はい」


 蛍はこくりと頷いた。

 それから、祈を見つめる。


「――ノリマキは、知ってるよね。アタシの昔のあだ名、王子様だったって」

「ああ」

「大路さんはボーイッシュな子だったんですね」

「はい。髪も短くて、当時は学年で一番背も高くて――自分で言うとあれだけど、スポーツとか得意でしたし……」


 でも、本当は嫌だったと蛍は呟いた。


「男子に張り合われるのも、からかわれるのも、女子に力持ちだとか言われていいように使われるのも、嫌でした」


 本当は、王子様じゃなくてお姫様になりたかったの。

 祈の前で、かつて王子様だった女の子は、力なく呟いて涙を流した。

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