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「いやはや、結構」
一声と共に、パンと獏間が手を叩く。
視線を自身に集めた彼は、笑みはそのままに蛍を見下ろした。
「やっと本音でお話してくれる気になりましたか、大路さん」
「え……」
「死ぬなんて思わなかった?」
恐慌状態で叫んだ言葉を反芻された蛍は、ハッとしたように自分の口を押さえる。
それから祈と獏間、ふたりの視線を気にするかのように目を泳がせ、何度も首を横に振った。
「ちが、違う、違うの……アタシはなにも――」
「なにもしていない? なにも知らない? 違いますよね、大路さん。貴方は、自分に原因があるからこそ、幽霊にストーカーされていると思ったんだ」
「アタシは……」
口元に笑みを浮かべる獏間から逃げるように、蛍の視線が祈を捉えた。
「ノリマキ……」
心細そうに、その目が揺れる。
そして、また文字が。
自分を責める蛍の声が、文字になって彼女に刺さる。
〝――アタシのせい〟
〝――アタシが友だちになりたいなんて思ったから〟
〝――アタシが近づいたりしなかったら〟
〝――アタシが無神経だから〟
「やだ、やめてよ、ノリマキまで、アタシのことそんな目で見ないで……!」
「けーちゃん?」
「……変わりたかった、アタシ、変わりたかったの! 変わりたくて、なにが悪いの!?」
そんな風に口では言いながらも、蛍は自分を責めている。
〝アタシがアタシじゃなかったから、きっとあの子を傷つけたりしなかったのに〟
逃げるような言葉を吐き出しながら、心の中ではそんな自分を罰している。誰かに罰されたいと思っている。だって、自分が悪いからと。なんて息苦しい生き方だろう。なんて痛々しいやりかただろう。
変わることが悪いなんて、そんなの――。
「悪くない」
祈が吐き出した言葉は、思ったよりもずっとよく響いて――ぴたりと、蛍が動きを止めた。
「誰かに言われたからとかじゃなくて、自分で思ったんだろう? だったら、悪いことじゃない」
「ノリマキ……? だって、アタシ、変わって――こんな、みんなに、嫌われる女に……」
蛍は泣いていた。
涙でぐしゃぐしゃの顔で、心のままに話しているんだろう。
痛々しい文字も、恐れるような震える文字も、どこにも見えない。
ただ、子どものように泣きじゃくる幼馴染み、祈は視線を合わせて笑いかけた。
「俺はさ、昔馬鹿やって、こじれちゃって、けーちゃんとはそのまんま離れたけどさ……あの頃のみんなのリーダータイプのけーちゃんのこと、好きだった」
誰に対しても分け隔て無く明るい蛍は、祈にとっても憧れだった。
だが……。
「でも、今のけーちゃんのことも、好きだな」
蛍が、ゆるゆると双眸を大きくする。
「昔と変わってない所を見つけるとやっぱ嬉しいし、懐かしいって思うけど、それってさ、今のけーちゃんのことが好きだからこそだと思うんだ。……けーちゃんが、コンビニの前で俺のこと無視してたら、ぜってーこんな風には思わなかったから」
「なに、それ……」
「俺は今も昔も、けーちゃんが好きってこと」
ハロウィンのことで彼女を傷つけた時、おかしいと言われて気にする程に――あの頃の祈は蛍のことが好きだった。今だって仲違いした過去を流し、普通に接してくれる状況を喜んでいた。
昔も、今も――。
「昔みたいに、みんなの王子様じゃなくても?」
「ん。王子様でもお姫様でも、けーちゃんなら好きだ」
「っ、のりまきぃ……!」
「おっと」
抱きついてきた蛍を受け止める。
「だからさ、けーちゃんが困ってるなら力になりたい。助けてくれって言ってくれるなら、全力で助ける」
――思い返せば、蛍は、祈にとって……少なくとも、今の祈にとって初めてできた友だちだったから。
「助けたいから、話してほしい……一体、なにがあったのか」
「……っ……」
抱きついていた蛍は、パッと離れた。
迷うように揺れる蛍の目。祈は頬を挟むと、しっかりと目を合わせる。
怖くない。大丈夫だと。
「俺……は、いまいち頼りなくて信じられないかもしれないけど、獏間さんは……あれだ。変わり種専門の、名探偵なんだからさ。――ですよね、獏間さん」
祈が顔を上げると、獏間は目を細めていた。
「……きみは」
「で・す・よ・ね?」
なにか言いかけた獏間に、再度強めに問いかける。
すると、獏間 綴喜は苦笑して頷いた。
「そうだね。ウチは、変わり種専門の探偵事務所だ」
祈と同じように、蛍の目線にあわせるように膝をつく。
「ウチの所員は、優秀だ。大路さん、今、貴方が目にした通りに」
「……はい」
蛍はこくりと頷いた。
それから、祈を見つめる。
「――ノリマキは、知ってるよね。アタシの昔のあだ名、王子様だったって」
「ああ」
「大路さんはボーイッシュな子だったんですね」
「はい。髪も短くて、当時は学年で一番背も高くて――自分で言うとあれだけど、スポーツとか得意でしたし……」
でも、本当は嫌だったと蛍は呟いた。
「男子に張り合われるのも、からかわれるのも、女子に力持ちだとか言われていいように使われるのも、嫌でした」
本当は、王子様じゃなくてお姫様になりたかったの。
祈の前で、かつて王子様だった女の子は、力なく呟いて涙を流した。




