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悪ジキ〜その探偵は悪を喰い助手は悪を識る〜  作者: 真山空
弐 幼なじみを狙うモノ
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 事務所にて、祈は落ち着かない時間を過ごしていた。


(午後の講義、いくつ取ったか聞いてなかった……!)


 午後一で終わるのか、その後もまた講義に出るのか――そこら辺も抑えていなかったのだ。


「いやー、仕事を請け負ってるはずなのに、清々しいほど暇だねスズ君!」

「……本当に、すみません……」

「責めてないよ? 言ったじゃないか、無視できなくすればいいって。待てば海路の日和あり。彼女から連絡が来るまで待とうじゃないか」


 しかし、祈は蛍に避けられた身だ。それなのに、蛍から「今、講義終わったよ」などと律儀に連絡をよこすだろうかと祈は渋い顔でスマホを見る。


「なんか、けーちゃんは一人で帰りそうなんすけど?」

「ああ、帰るだろうね」

「は? いや、そんなあっさり肯定されても――それ、ダメじゃないっすか?」

「ダメだね。危ない状況だもん」


 それなのに、どうして獏間はこんなに呑気なのだろう。

 祈は混乱しつつも続けた。


「じゃあなんで、大学に来た時、すぐ帰るなんて――」

「人間ってさ普段は体面だなんだって気にして、自分の気持ちに蓋をする。それが理性的ですばらしいと思っている。だけど、それって自分の安全が保証されている時だけだよね。だったら、その面倒な理性とやらを取っ払ってあげたらいい。――危険に直面すれば、理性なんて吹き飛ぶ。すぐさま助けてくれと連絡してくるだろう」


 名案と子どものように笑う男に対し、祈は同様に笑えなかった。

 恐る恐る、自分の予想が外れてくれと思いつつ確認をとる。


「それって、わざとけーちゃんを危ない目にあわせるってことっすか?」

「うん。そう」


 あっさりと、獏間は頷いた。

 無視できないようにするとは――つまり、こういうことだったのだ。


「なに考えてるんっすか! けーちゃんは、怖い目にあったから獏間さんを頼ってきたのに……!」

「言うことを聞かない悪い子には、いい薬だよ」


 しれっとそんなことを言う男を睨み、祈は蛍に連絡を取ろうとした。

 その時、スマホが音を鳴らす。


「けーちゃん?」


 耳に当てれば、向こう側から荒い呼吸音とノイズまじりの声が聞こえてきた。


『ノ――キ、たす――て……!』

「けーちゃん、今どこ?」

『――アタシ……怖……っ――』


 声が、どんどん遠くなっていく。


 祈も焦り獏間を見ると彼はすでに席を立ち、そばに来ていた。

 そして、ひょいと祈の手からスマホを抜き取ると自分の耳に当てる。


「大路さん、追われているようですね。……足音がする? 引っかかれて転んだ? でしょうね。音にノイズが混じるのは、貴方のいうストーカーがすぐそばにいて邪魔をしているからです。通話状態のまま、事務所に来て下さい。歩いてでも走ってでもかまいません。こちらと繋がっている限り、我々は貴方の状態を把握できます。……そうですよ、電話が繋がっている限り、貴方は安全です。事務所に入ってしまえば、追っては来ません。ああ、もうすぐそこですか。それならば、あと一息です。階段を駆け上って、ドアには鍵をかけてないので、簡単に開きますよ。さあ、どうぞ」


 どうぞ、という獏間の声と同時に、事務所の扉が勢いよく開いた。

 転がるような勢いで中に入ってきたのは蛍で、座り込む彼女の前に立った獏間は、笑顔を浮かべ見下ろす。


「はい、お疲れ様です」


 そう言って、祈のスマホを耳から離し、画面に出ている通話終了をタップした。


「あ、アタシ……アタシ――あんな……」


 蛍の顔色は真っ青だった。

 途中どこかで転んだのか、膝をすりむいて血が出ている。他にも、ふくらはぎに、爪で引っかかれたような傷がついている。

 蛍の顔には――〝こんなことになるなんて〟という震え文字が浮かんでいた。

 よほどの恐慌状態なのだろう。


「けーちゃん……」

「ち、違うの、ノリマキ――アタシ、アタシ、違うの」


 怖がっている。最初はそう思ったのだが、様子が変だ。祈は目線を合わせるように床に膝をつき、蛍に声をかける。


「どうした? 落ち着いて、もう大丈夫だから」

「そんなんじゃなかったの、そんなつもりじゃなかったの――アタシは、ただ、アタシは……!」


 すがりつくように伸びてきた手。

 転んだ時のものだろう、細かい傷が出来ていて土や石がついている。


「けーちゃん、大丈夫。まず、消毒しよう? な?」

「アタシは、ただ、思ったことを正直に言っただけで……まさか――まさかそのせいで死ぬなんて、思ってなかったの!」

「――!」


 祈は目を見張る。

 そんな祈の服を掴む蛍の手は、小刻みに震えていて。

 空気が張り詰める中、獏間だけはいつものように微笑んでいた。

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