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がやがやと賑わう学食で、運良く座れた角のテーブル席にて、祈は対面に座るいまいち食の進みが悪い蛍をチラリと見た。
なんてことない顔をしていた彼女だが、やはり平気なふりをしていただけなのだ。
「……けーちゃん、あのさ」
「ん?」
「さっき……誰かになんか言われた?」
祈が何気なさを心がけつつ質問すると、エビフライ定食を食べすすめていた蛍が固まり、身構えた雰囲気に変わる。
(う、失敗した。……獏間さんみたくは出来ないか……!)
どうやら、まったく何気ない感じではなかったようだと祈は失敗を悟った。
「……なんで?」
箸を置いた蛍が発したのは、固い声。こうなれば、変な誤魔化しなんてしないほうがいい。
「様子が変だったから」
「……変、かぁ」
正直に告げると、蛍は苦笑して俯いた。
それから、また箸を取る。
「ノリマキって……昔からそうだよね」
「そうって……?」
「他人に興味なさそうなのに、しっかり見てるの」
笑って、蛍がエビフライ最後の一本をかじった。
「けーちゃん、俺は真面目に……」
「本当、全然変わってない。そんなんだから、周りは自分のことを見てくれてるって勘違するんだよね。思わせぶりだなーってこと、結構あったもん」
「…………」
「あ、それ。そうやって、人の顔をじーっと見るのも。アタシは、ノリマキの癖だって分かってたけど、知らない子の中には、自分のこと好きなんじゃないかって言ってる子もいたんだよ。だから、ノリマキは小学校の頃、隠れ女好きって噂されてたの」
自分の癖を指摘され、祈はパッと顔を背けた。
目付きが悪いとかガン付けているとか言われるのならばまだしも、まさかそんな風に解釈されていたとはと、数年越しに分かった事実に顔が熱くなる。
「誰にもなににも興味ありませんって顔してるくせに……ノリマキ、昔から優しかったもんね」
「……」
どういう返事をしていいか分からず、祈は視線をそらしたまま、無言でコップの水を飲み干した。
その時、チラリと視界をかすめたのは不快な文字。
〝男に媚びる、男好き!〟
(え、今……)
講義終わりの蛍を迎えに行った時に目にした文字と似たような文言だ。
人混みの中で偶然……で片付けるにしては、あまりにも不自然だ。
あの文字……悪意の文字は、間違いなく誰かの心の声だ。同時に――間違いなく、自分たち……蛍にむけられた悪意だ。
「――っ!」
思わず祈が席を立つが、もうなにも見えない。
「……ノリマキ?」
不安そうな蛍に呼びかけられ、祈は「あ、悪い」と謝って席につく。
「急に怖い顔して、どうしたの? ……もしかして今の話、気に障った? ごめんね、なんかアタシって、昔から無神経なとこあったみたいで……」
「え、いや、別に……」
急に卑屈なことを言い出した蛍に、祈は首を横に振る。
「いいの! 無理しないで! ――アタシ、午後も講義があるんだ、もう行くね! 大学にいる間は、本当に一人で大丈夫だから! じゃあ!」
「は、ちょ、けーちゃん?」
「お昼、付き合ってくれてありがと、ノリマキ!」
一方的に言葉を並べて、蛍はさっさと席を離れてしまった。
「え? ちょ……えー……?」
これは、避けられた……というやつだろうか、と祈は首を傾げる。
(俺、なんかマズいことしたか?)
首をひねるも、思い浮かばない。
ただ――。
(今、明らかに話をそらしたよな? それから、自分のことを、無神経って……)
誰かになにか言われたかと問いかけたのに、蛍はうまく昔話に誘導し、答えを有耶無耶にした。
それから、急に立ち上がった祈を最初こそどうかしたのかと驚いた様子だったが……後半は、なぜか自分に非があって祈が怒ったと勘違いした様子だった。
(なんか、変だ)
記憶にある、けーちゃんと今の大路 蛍は、どこか違う。
言っていることに嘘はないが――なにか、どこか……違和感を抱く。
(あれは……怯えてる……?)
大学は安全なのではなかったか?
だが、祈も悪意に満ちた文字を見ている。
その瞬間に、蛍の様子がおかしくなったのだから。
(そうだよ、あの文字だって……まるで――)
蛍が溢れさせた、自身に刺さる文字。
あれはまるで、自分自身を痛めつけているようだ。
(けーちゃんは、ストーカーは幽霊だって言ってたけど……)
それだけでは、ないような気がする。
祈は、スマホを取り出して獏間に連絡を取った。
とにかく現状を伝えておきたかった。
自分が目にしたものは、スルーしていいものではない気がしたから。




