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〝 ――え、ウソ!〟
尻餅をついた相手の顔に浮かぶ文字。彼女は怒るより先に驚いていた。
一体、なににそれほど驚いたのか。
祈は戸惑いつつ手を差し出したのだが、相手はその手を借りることなく立ち上がる。
スルーされた祈は、そっと手を下げたのだが……彼女は突然、祈の両手を掴んだ。
「ねぇ、ノリマキだよね!?」
「……は?」
勢いよく尋ねられた祈は、意図が分からず目を瞬いた。
身を乗り出す勢いでのぞき込んでくる女子。
その拍子に、彼女の緩く巻かれた毛先が揺れる。
全体的にふんわりした印象なのに、見た目と真逆のアグレッシブさでぐいぐい近づいてくるので、祈は思わず仰け反る。だが彼女は気づいていないのか、かなりの近さでジロジロと祈の顔を見ていたが……やがて、パッと手を離すと笑った。
「やっぱり、ノリマキだ!」
どうやら勝手に納得したようだが、祈は意味不明だ。
困惑し眉間にしわを寄せたまま、可能性としてたった今買ったばかりの品物の名を口にする。
「いや、俺が買ったのは海苔巻きじゃなくて、ハロウィン限定のカボチャケーキだけど……」
「別に袋の中身は聞いてないよ! え……やだ、もしかしてノリマキ、分かってない感じ? アタシだよ?」
「……? ――ぁ」
アタシだと言われても、困る。
これが電話口での出来事なら、とっとと切っているレベルだ。
そう思った祈だったが、相手の顔に浮かんだ新たな文字を見て思わず声を上げた。
「は? ……けーちゃん?」
「そう! けーちゃんだよ! やだ、もう、人違いかと思って焦ったじゃん!」
「……え、ウソだろ、ほんとにけーちゃん?」
「自分で今、けーちゃんって言ったくせに、なんで驚いてんの。正真正銘、小学校の時の同級生、幼馴染みの大路 蛍です」
大路 蛍は子どもの頃、ハロウィンの件を境に疎遠になった友人だ。
ぶつかった女子の顔に、その名前がでかでかと浮かび上がっていたので、祈は驚いたのだ。
そして、懐かしい記憶をもうひとつ思い出した。
(そういえば、俺ノリマキじゃん!)
ノリマキというのは、小学生の頃の友人けーちゃんがつけた、祈のあだ名だった。
つまり、これは久しぶりの再会で間違いないのだが……相手の様変わり具合に、祈は驚いていた。
けーちゃんこと蛍は、クラスのリーダー的存在。実家が合気道の道場で本人も習っていたため、下手な男子より男らしいと言われやたらと女子にもてていた。
もちろんスポーツは万能、運動会ではいつもリレーのアンカー。
勉強だって出来るし、いつも皆の中心で、輪には入れない子にもさりげなく声をかける。
祈も、そうやって親しくなったひとりだった。
みんなの王子様的存在で一部からは本当に「王子様」と呼ばれていた男よりもカッコイイ系な女子――だったのだが。
目の前にいるのは、それとは真逆。
「なんか、お姫様になったな」
「ふふ、なにそれ。お姫様とか、恥ずかしいよ。ノリマキって昔からちょっと天然なところあるよね~」
おかしいと笑う蛍だが、その笑い方は上品だ。
昔は祈の肩を組み、大きく口を開けて笑っていたのだから、これはやっぱり大分変わっている。
「あ、俺ぶつかったけど、大丈夫?」
「うん、全然。むしろ、アタシが前見てなかったら。ごめんね、荷物大丈夫?」
荷物とは自分が片手にぶら下げいるコンビニの袋のことだろうと察し、祈は笑って頷いた。
「こっちは問題なし。けーちゃんも、大丈夫ならいいんだ。んじゃ、俺行くから」
「――あ、ノリマキ!」
「ん?」
「あの……えっと……」
子どもの頃は、ハキハキズバズバ物を言った蛍が、言いにくそうに口ごもる。
なんだろうと首を傾げ、彼女の言葉を待っていると――蛍の顔が、だんだんと赤みを帯びてきた。
そして、浮かんだ文字を見て、祈はまたしても驚いた。




