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「……獏間さん、人の話聞いてます? お~い?」

「うん? ん~、叔母さんは心と言動が一致してるから、裏表のない正直者だとか、そういう話だろう?」


 たしかに、そういう話だ。

 合ってはいる。いるのだが、問題は聞き手の態度だ。


「……めっちゃ興味なさそうに言うの、やめてもらっていいっすか? 一応、俺は真面目に話してるんで」


 祈が恨めしげににらむものの、効果はまるでない。

 獏間は、相変わらず視線をどこかしこにさ迷わせながら「うん」だとか「へぇ」だとか、適当な相づちを打つ。


「……もういいっす」

「きみは、あれだね――見えるモノだけが正しいと、思い込んでいる」

「……え」


 あきらめたところで、人の話を聞き流しているように見えた獏間から思いも寄らないことを言われ、祈は戸惑った。


「だって……それは……」


 それはそうだろうと胸中で呟く。

 祈は、相手の隠れた本音を見てしまう。悪感情であればあるほど、強くハッキリと顔に記される。

 ――相手の内心を暴いているのだ。獏間の言う正しいを本音と置き換えれば、その通りだろうと頷ける内容だったが……。


「それは過信だよ、スズ君」


 諭すような獏間の口調に、祈は閉口した。


「過信は目眩ましの元だ」


 訳が分からない。


(近すぎると見えない。目で見えるモノだけが正しい限らない。……過信……。うわぁ、なぞなぞかよ、全く分からん)


 分からないのに、引っかかる。

 今の言葉は忘れてはいけない。

 そんな気がする。


 ――だが、祈がどう思おうと獏間には知ったことではないのかもしれない。

 謎かけするだけして、彼はもう祈に目もくれない。再び視線をさ迷わせ、不意に何かに気づいたように歩き出してしまった。


「え、ちょっと! どっか行くなら、一声かけてください!」

「ん~」


 聞いているんだか、いないんだか分からない探偵の後を追いながら、祈は不意に考えた。

 見えているモノだけが正しいとか限らない。

 それは、顔に書かれる文字が見えない人が、相手の本心が分からないのと同じことではないかと。


 笑顔で接しながら自分に対して面倒だとかうざったいとか……悪感情を抱く人がいた。

 祈は目に見えたが、普通は見えない。ならば、表面上の態度を信じてしまうかもしれない。


(じゃあ、俺もなにか見えてない……分かってないってことか?)


 自分は、なにが分かっていないのだろう。 

 珠緒のことなら、身内として理解しているつもりだったのに。


「スズ君、こっちだ」


 鈍る足が止まりそうになったところで、獏間に呼ばれた。

 祈が顔を上げれば、獏間は大通りではなく脇道にそれて手招きしている。


「こっちの方に、なにかある」


 変哲のない民家が左右に並び、道幅の狭い一本道が続いていた。

 祈には、文字通りただの道にしか見えないが――。


(俺には見えてない。分からない。そんななにかを、この人には理解出来ているっていうなら……)


 ――祈は、足早にそちらに近づいて、頷いた。


「はい、行きましょう」

「……うん。素直ないい返事だ。安心しなさい。今は分からなくても、近いうちにきみは、目の当たりに出来る」

「?」

「――それが、僕の飯の種になるんだから」


 ふと呟いて、祈を追い抜いた獏間。

 その表情は、この先にとても楽しいことでも待っているかのような、喜色に満ちたものだった。

 ――反対に、獏間の表情を見た一瞬、祈は背筋が凍った気がした。

 だが獏間は他者の反応などには頓着しないのか、それとも、よほど引かれる何かがあると確信しているのか、脇目も振らず早足で進む。


 そのまま、ずんずんと先を進む獏間。

 しばらくは大人しく後を追う祈だったが、ある地点まで来ると足を止めた。


「どうかしたかい?」


 立ち止まったことに気付いたのか、獏間も一旦止まり祈を振り返る。


「……そっちはもう、土手で、そこを越えたら川っすよ」

「そうか。それなら向こう岸に行く橋もあるだろうし。渡ればいいだけの話だよ」

「違う……! 珠ちゃんはそっちには行かないって意味っすよ……!」

「どうして?」

「どうもうこうも、行くはずない! だってあの川は――」


 ニタリ。

 薄い笑みを浮かべて、獏間は近づいてくる。


「だって? あの川は? 続きは?」


 面白いものを見つけた時のような、いや、違う。

 それよりも、もっと、楽しげで、嬉しげで――今にも……。

 

「いいね。――甘い匂いがする」

  

 今にも丸呑みされそうな得体の知れない恐怖感。


「さぁ、あの川で、どんな不幸があったんだい?」

 

 なにがあったか言っていない。

 それなのに、獏間は「不幸」と断言した。


 この男は知っている。

 知っていて、舌なめずりしている。


 ――恐怖。


 それが、祈の眼前に迫ってきた。

 ひっ、と喉に悲鳴が張り付く。

 ぬっと白い手が伸びてきた。祈の顔はたちまち覆われ、視界が真っ黒になる。


 ――なにも見えない。

 ――あの時のように。


「ああ、なるほどね。これは――……ん? ……おやおや……へぇ……。あらら、それはそれは。だからこその、無防備か。……これはいい。ずいぶん難儀な呪いをかけられたようだ」


 そこで、祈の意識は途切れた。


「可哀想でおいしそうだけど……残念ながら、きみの不幸は、まだ食べられそうにない。……あれ? スズ君? おーい、スズく~ん? ……ありゃ、やり過ぎたな。どうしよう」

 

 最後に、ちっとも悪びれた様子のない男の声が、どこか遠くで聞こえた気がした。

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