7-8.異世界と魔法使い
「なるほど。それなら、マコさんはどうして魔法を使えると、いえ、その『肌の違和感』が魔力だと気付いたのかしら?」
シュリが聞いてからマコが話し出すまでに、また少し時間があった。
「えーとですね、あたし、この異変は異世界がこの世界に転移してきて融合した結果ではないかと考えたんです」
「異世界……転移ですか? ファンタジー小説に良くある」
「そうですけど、物語で良くあるのはこの世界の人間が異世界に行っちゃう話ですけど、この異変は異世界そのものがこっちの世界にやって来た、それで融合した、と思います。確認しようがないし、実際のところどうなんだか判りませんけど」
「は、はぁ……」
自衛官二人は少し呆れたようだ。
「そ、それで……?」
「事実は判りませんけれど、動植物が今までの生物から変化したのは事実です。なのに人間だけ変わっていないのはおかしい。変わったことと言ったら肌の違和感だけ、それに加えて、異世界と言えば魔法がお約束、それなら、人間の中で唯一変化した肌の違和感が魔法の鍵に違いない、とまあ、こじつけて、後はその信念に従ってたら使えるようになりました」
「そ、そう……」
突然の異世界発言に自衛官二人は呆気に取られたものの、自分たちから聞いた以上笑い飛ばすわけにもいかない。それに、その仮定を前提に考察した結果として魔法が使えるようになったと言うのだから、それがどんなに莫迦らしい仮説であっても一考の価値ありと思えた。
「それで話は戻りますけど、あたし以外の人は、異世界が転移してきたって発想ができなかったので、違和感に気付いても魔法を使えるかも知れない、という可能性に気付けなかったんじゃないかと。異世界の転移じゃなくても、魔力の多い人が『魔法を使えるようになったかも』ということにさえ気付けていれば、多分あたし以外にも魔法使いは生まれてたと思いますよ」
「そうね。大抵の人は何か起きても、既存の概念の枠内で考えるから、異世界が転移してきたなんて考えないかも。けれど、異世界転移のファンタジーってそれこそ星の数ほどあるでしょう? それなら、マコさんのように異世界転移を疑う人が他にもいるんじゃないかしら」
シュリも、星の数ほどあることを知っているくらいには、異世界ファンタジーに造詣があるようだ。
「それは、さっき仰ったように既存の概念で考えちゃうからじゃないですか? こっちの世界から異世界に主人公が転移する話はたくさんあるけど、異世界がこっちの世界に転移してくる話は滅多にありませんし。それと、あたしと同じように考えた人がいても、その人が肌に違和感を感じていたとは限りませんし」
「ふうむ。確かに。『異世界が転移してきた』と言う荒唐無稽な、失礼、ことを考える人が千人に一人いたとしても、マコさん並の魔力の持ち主が十万人に一人と仮定すると、魔法に目覚める日本人は精々一人か二人……計算は合いますね」
この話になってから相棒に任せっきりだった男性自衛官が考え深そうに言った。
「その数字にどれだけ信憑性があるかも判りませんから、机上の空論ですけどね」
「そうですね。調査しないと判りませんね。今は悠長にそんな調査をしているような状況でもありませんし、その手段すら皆無ですし」
マコの言葉に男性自衛官も言葉を添える。
マコの仮説は魔法使いが他にいないことを説明はできるが、それが合っているかどうかは調べようがない。異変の前であればネットでアンケートを募るなり電話をかけまくるなり、色々と方法はあったのだが。今はそれらの方法は悉く封じられている。
「それでですね、できたらでいいんですが、油田やガス田の状況って調べられないでしょうか? 北海道とか東北とか新潟とか、あと静岡にもありましたよね?」
魔法使いの話を打ち切って、マコは知りたいことを口にした。これも、生活には直接関係はないので、マコの興味本位のことではあるが。
「油田やガス田? 何か気になることが?」
「はい。えっと、異世界が転移してきたって前提で話しますけど、転移してきた異世界には油田やガス田が存在しないんだと思うんです。それで、石油製品が無くなった。ガスは、止まっただけなのかどうか判りませんけど、ガス爆発が全然ないことを考えると、無くなっているんじゃないかと」
「ええ。確かに、ガスも無くなっています」
「でも、石油やガスって、プランクトンとか生物の死骸とかが堆積してできてますよね? 細かいとこは置いといて。なら、異世界であっても石油もガスもあって当たり前のはずなんです。それが無いと言うことは、代わりの何かがあるんじゃないかな、それってきっと異世界特有のものだろうから、役に立つこともあるんじゃないかな、と思って」
「なるほど。我々では無理ですが、近くの部隊に依頼してみます。しかし、優先度は最下位になるでしょうから、あまり期待はしないでください」
「はい、それで構いません」
何にせよ、今は生活の安定化が最大の急務だ。油田やガス田の調査など、不要不急のことに割く時間は早々作れないだろう。
概ね話が終わったところで、レイコがふと気付いたように口を開いた。
「そう言えば、自衛隊では通信機の電源はどうされていますか?」
「充電式の電池を掻き集めています。充電は、自転車を改造した充電器を作っています」
自衛隊の制服に身を包んだ屈強な自衛官が必死に進まない自転車を漕ぐ姿が脳裏に浮かんだマコは、噴き出しそうになった口を慌てて引き結んだ。
「それでしたら、魔力電池を使われてはいかがでしょうか?」
「魔力電池?」
「はい。予備の電池と、それに電圧計もまだ置いてありましたよね。すみませんが、持って来てください」
レイコに言われた管理人が頷き、席を立った。
待つほどもなく戻って来た管理人が、テーブルの中央に魔力電池と電圧計を置く。
「これが電池、ですか」
「はい。マコ、使って見せて」
「うん」
マコは、電圧計を魔力電池に繋いで自衛官に向け、電池の蓋を開けた。
「発電しますね」
手を魔力電池に載せる。電圧計の針が動いたことを、自衛官たちは確認した。
「電圧はどれくらい出ているんですか?」
「その、赤い印がだいたい十六から二十ボルトだそうです。あ、人によって電圧は違います。あたしは割と多い方ですね」
「なるほど。手を置いていないといけないのですか?」
「はい。離すと……」
マコは魔力電池から手を離した。針が元の位置に戻る。自衛官二人も交代で魔力電池に手を置き、発電されることを確認した。
「わたしたちは、通信機にはこの電池を使っています。通信する時にだけ発電できれば問題ありませんから。まだ試用の段階で、この棟と隣の棟が繋がっているだけですが」
あなた方もどうですか?と言葉には出さずにレイコは自衛官を見た。
「これは便利ですね。いざと言う時に電池切れを心配する必要もありませんし。大きいのが難点ですが、充電の必要がないのは魅力です。すみませんが、これを一つ、お借りしてもよろしいでしょうか? 自分の一存では決め兼ねますので、上司に図りたいのですが」
「ええ、構いません。どうぞ、お持ちください。電圧計はお貸しできませんが」
「はい、電池だけで問題ありません」
自衛隊が持ち帰ることになった魔力電池についての注意事項をマコが伝えると、支払いの話へと移った。
「先程も申しましたように、魔法を習いに来て戴いた自衛官の方に滞在いただき、ここでの労働で次の魔力懐炉や魔法教室の代金とさせて戴きたいのです。それで構わないでしょうか」
「こちらは構いませんが……それでよろしいのですか? このマンションは八棟もあって、人手はありそうですが……」
レイコの提案に、自衛官は疑問を口にした。
「みんな頑張ってはいるのですが、慣れない作業ですので、なかなか捗らないのです。あまり無理をして貰うわけにも行きませんし。戦闘のプロを単なる労働力として使ってしまうのは申し訳ないのですが、ぜひにも住宅の建設や水路の整備などに協力いただきたいのです」
「解りました。それでよろしければ、ぜひ。蒸し返すようになってすみませんが、魔法教室の人数ですが、そうですね、一度に十人は無理でしょうか? 対価としての労働力も増えることになりますし」
「マコ、どう?」
レイコから振られてマコは考え込んだ。
「うーん、さっきも言ったように、教えることに慣れてないんですよね。それに魔法って初めてのものだから、教えている全員が納得したのを確認しながら進めたいですし。それで人数を絞っているんですけど……うーん、十人なら、何とかなるかな……」
自信なさそうに言うマコ。
「無理する必要はないわよ?」
レイコが助け舟を出す。
少し考えたマコは、自衛官を見て口を開いた。
「八人なら、なんとかできると思います」
八人という人数に明確な根拠はない。何となく、これくらいの人数なら大丈夫だろう、と思っただけだ。敢えて言うなら、魔法使いの勘だ。
「大丈夫?」
「うん、なんとかなるよ」
レイコの問いに、マコは不安を見せないように頷いた。
「自衛隊の方も、それでよろしいですか?」
「はい、ではそれでお願いします」
レイコが確認し、自衛官がそれを了承した。
マコの関係する話はそこまでで、彼女は挨拶して会議室を後にした。後は、通信機やケーブルの被覆材に使う樹液の話などをするようだ。
部屋に戻るみちみち、マコはふと思った。自衛官たちが魔道具を作れるようになれば、魔力懐炉や魔力電池を自衛隊で作れるようになる。彼らは周辺への支援やインフラの整備を行なっているのだから、魔道具も自製できた方がいいだろう。レイコも、魔道具の生産を独占する気はないだろうし。
魔道具を作れる人が来るだろうか、来てくれるといいな、と思いながら、マコは階段を登った。




