5-3.冬に備えて
冬が来る。
いや、すでに冬だ。もう十一月も下旬に入っている。
マコたちの住む辺りは雪はあまり降らないものの、冬ともなれば寒さはかなり厳しい。家電を使えない今、冬を越すのは以前とは比べ物にならないほど困難だろう。簡易住宅にはホームセンターから入手してきた薪ストーブを設置したり、石で暖炉を作ったりしているが、マンション内で薪を燃やすわけにもいかない。
他にも、誰でも使える光源が蝋燭くらいしかないので、何をするにしても昼間しか時間を取れず、食事のことも考えると作業時間はさらに短くなってしまう。
懐中電灯を直して使っている人もいるが、電池の供給を期待できないので、いつまでも使えるわけではない。モーターを利用して手回しの発電機も作っているが、懐中電灯くらいなら兎も角、それ以上に電力を使う家電品となると、労力に見合うほどの電力を得るのは至難の業だ。
これらの問題を、魔法でどうにか解決できないか、とマコは考えていた。
マコの発見した魔力の使い方の基本は、エネルギーへの変換だ。光エネルギー、熱エネルギー、運動エネルギー、電気エネルギーなどに魔力を変換することが、魔法の行使だと理解している。
少し違うのが、炎への変換だ。炎自体はエネルギーではなく、燃焼の結果として存在するものなのに、『魔力を炎に変換する』ということができている。魔力自体が燃焼しているのではないか、とはマコの考えだが、米軍基地での調査では、密閉容器内で魔力の炎を発生させても、その前後で酸素に限らずあらゆる元素に変化は見られないらしく、どういう原理なのかは不明のままだ。
これ以外にもう一つ、魔力の使い方がある。魔力を身体から完全に離す方法だ。
魔力は身体から離れると、一、二秒で霧散して消えてしまう。しかし、魔力に集中するよう念じることで、その時間をある程度延ばすことができる。マコは今は十二秒ほど維持できる──そこで伸び悩んでもいる──し、第一期の生徒たちも、みんな五秒は維持できるようになっている。
これはつまり、魔力を身体から離すことが可能であると共に、念じることで魔力に“命令”を与えることができる、ということだとマコは考えた。
(まずは魔力を身体から長時間、できれば永久に離して維持する方法……)
それについて、マコには考えがあった。独自のものでなく、今までに読んだ小説や漫画の影響だが。
(モノに魔力を込めて、固定化できないかな)
身近なもの、まずは消しゴムを手に持ってみる。魔力を流し込み、固定化するイメージを思い浮かべながら。
マコの魔力は消しゴムに浸透し、隅々にまで行き渡った。その消しゴムを机に置き、手を離して観察する。魔力は、数秒で感じられなくなった。拡散してしまったようだ。もう一度手に取り、魔力で中を走査しても、マコの魔力はまったく残っていない。
「うーん、駄目か。次はこれ」
手に取ったのは、鉛筆。
「元が魔力を持っている木だし、これなら上手くいくかな」
しかしこれも、マコが手を離すと、つまりマコの身体と魔力の接続が途切れると、鉛筆に流し込んだ魔力は消えてしまった。
「駄目かぁ。いや、鉛筆に使われている木は異世界がやってくる前から鉛筆に加工されてたわけだし、それなら魔力を溜めておけなくて当たり前かも。それなら」
少し考えたマコは、外に出た。異世界の転移・融合以来、ずっと階段を昇り降りしているので、すっかり慣れた。八階から一階まで降りても息を切らすことはない。
マンションから出たマコは、簡易住宅の建設現場へと歩いた。目的は、住宅の建設で出た端材だ。建材は裏山から切り出した木材を使用しているので、元々魔力を持っていた樹木だ。これなら、魔力を維持できるのではないか、と考えた。
建設作業をしている男たちと挨拶を交わしつつ、端材の集められている謂わばゴミ捨て場に行き、木片を何個か手に取って、作業の邪魔にならないように隅に移動して実験を始める。
その結果は。
「うーん、駄目だ」
消しゴムや鉛筆と同じだった。魔力を注ぎ込むことはできるものの、その状態を維持できない。手に持って意識を集中している間は残っているが、それでは普通に魔力操作しているのと変わらない。何個か試したものの、どれも同じだった。
(そもそもこれで残せるなら、木を切った後でも残ったままになってるよねぇ)
木材に注いだ魔力を残すことが可能なら、魔力の生成はできなくなっても、元々樹木が持っていた魔力が残り続けてもおかしくない。残っていないのだから無理なのだろう。
(生物が駄目なら、無生物ならどうだろう。消しゴムは駄目だったけど)
木片をゴミ捨て場に返して、今度は元駐車場であるこの場所にいくらでも転がっている石を拾う。
直径三センチメートルほどのごつごつした石に魔力を注ぎ込み、地面に置いて観察する。
(うーん、やっぱり拡散してっちゃう……けど、少しだけ残ってる?)
しばらく置いた後の石を魔力で注意深く走査すると、魔力が薄く残っている。
(木は駄目だけど、石なら少しは魔力を込めておける。違いは何だろう? うーん、色々試してみるしかないかな。魔力を込めてもこの量じゃ大したことできないし。あ、魔力は残っているけど、走査しないと感じないんだよね。あたしの魔力じゃなくなっているのかな? ちょっと試してみよう)
魔力の微かに込められた石を持ち、熱に変える。ほんのりと掌が温かくなる。
(うん、大丈夫。あたしの魔力として操作できる。貯めておけば、あたしの魔力を他の子でも使えたりするかな? それは取り敢えず後にして、他に魔力を貯められるものを探してみよう)
しゃがんでいたマコは石を手放して立ち上がった。何かいい物ないかなぁ、と考えながらぶらぶらと歩く。その目が、元駐車場の隅に積み上げられた自動車に止まった。
(鉄ならどうかな。でも自動車じゃ大きいし・・・少し貰っちゃってもいいかな?)
しかし、流石に黙って持って行くのは躊躇われた。
(家になんかあるよね。それを使おう)
マコはマンションへと戻ることにした。
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「うーん、意外と金属の塊がない……」
マコは唸った。家の中にある金属製品は、中空のパイプ状の物や薄い板状の物がほとんどで、塊と言えるほどの物が無い。
「ある程度の大きさは欲しいんだけど……」
結局、色々と探し回り、レイコ(とキヨミ)の部屋から工具箱を持って来て、工具を素材に使うことにした。
「これもそんなに大きくないけど。ドライバーは使えなくなってるし」
ドライバーはプラスチック製の持ち手が無くなって、ただの金属の棒になっている。
「まあいいや。えーと、これを使ってみようかな」
工具箱の中から取り出したレンチを握り、魔力を込めてゆく。自分の体内魔力と同じほどの濃度でレンチを満たしたところで机に置き、観察する。手を離した直後は感じられていた魔力が、数秒の内に拡散してゆく。
「石にはほんの少し残っていたけど、これはどうかな」
魔力を失った(ように見える)レンチに手を伸ばし、魔力を使って調べてゆく。
「やったっ、結構残ってるっ」
濃度はマコの体内魔力濃度の一パーセント程度に落ちていたが、石に比べると遥かに多くの魔力がレンチの中に残っていた。
「後は、最初からこれくらいの濃度でも大丈夫かな」
使った魔力の九十九パーセントが失われてしまうのは勿体ない。同じ物を使った方がいいだろうと、レンチの魔力を熱に変えようとして(この魔力量だとそれなりに熱くなる……)と思い直し、それならと回収しようとしたがそれもできなかったので、光に変えた。
(一度自分の魔力と感じられなくなると、回収できないのか。でも、エネルギー変換はできるんだね)
一旦作業をやめて、異世界ノートにこれまでに試したことやその結果を書き込んでおく。
改めてレンチを持ち、先ほど残っていた程度の魔力を注ぎ込み、机に十秒ほど放置してから調べてみる。
「あ、同じくらい残ってる。これなら無駄に多く注入する必要ないね。でも最初はどれくらい貯められるか判らないから多目に入れないと駄目かな。それは後でいいや。もっといろいろ調べないと」
マコはレンチを光らせては魔力を注ぎ込む、という作業を繰り返し、その結果を異世界ノートに書き込んでいった。また、金槌や持ち手のなくなったドライバーなど、別の工具でも試してみた。
・倍の濃度で半分に注入→半分の魔力が拡散
・適切な濃度で半分に注入後、残りの部分に注入→全体に貯まる
・適切な濃度で半分に注入後、同じ部分に追加注入→追加分の魔力が拡散
・半分の濃度で注入後、追加で注入→適切な濃度まで貯まる
・注入した魔力を数パーセントだけ使う→可能
・注入した魔力を部分的に使う→可能
・物によって注入できる魔力の濃度が微妙に違う。材質の違い?
・注入した魔力は回収だけでなく操作もできない
「うーん、こんなところかな……また思いついたら実験しよう。それより今は次だ」
そう思った時、部屋にヨシエが入って来た。
「あ、ヨシエちゃん、お帰りなさい。もう夕方になるかな」
「ただいま。うん、もうすぐ暗くなる時間」
「じゃ、一緒にご飯作っておこうか。レイコちゃんたちも帰って来るだろうし」
「うん」
マコは工具を片付けてから立ち上がり、ヨシエと一緒に夕食の支度をするために台所へと向かった。




